はじめに
私はカウンセラーではありません。観察から感じたことを本音で書いています。そしてこの話は、いじめる側を正当化するものではありません。むしろ、どうやって止められるかを考えたくて書いています。そのあたりをご了承の上読み進めてください。
内容
いじめる側、いじめられる側双方に原因があるとはいいますが。おそらくいじめる側を止めることは難しいです。なので、その場を離れるか、絶対離れられないのであればいじめられる側が変わっていくのが手っ取り早いように思います。(賛否両論あるでしょうけれど・・・)
そこでまずはいじめる側の心理分析。
そもそも人ってさみしがり屋で、被害者意識が強い性質があります。放っておくと自分のことばっかり考えてしまうんですよ。でも普通の人はそこを理性で押さえたり、のちの悲劇を想像して避けたりするものです。
今苦しんでいる人は、自分より幸せそうで弱い人を見たら、似たような境遇に引きずり込んでしまうかもしれません。
サイコパス気味の人は人が苦しんでいるのを楽しんでしまうところがあるかもしれません。
今まで尽くしてきた人が尽くした相手に手のひらを返されたり、感謝されなかったりして「自分はこれだけのことをしてあげたのにあいつはこんなことしてきて許せない!」等、復讐に燃えすぎていじめのレベルまで行ってしまうかもしれません。
つまり、いじめる側としては、自分のことを加害者と認識していないケースも少なくない印象です。最初に相手から被った被害のイメージが強すぎて、暴走が止まらなくなっていて、「自分は正しいことをしている」という強い信念から抜けられなくなってしまう人もいます。
つまり、善人や普通の人であることと、いじめの加害性は関係がないことも多いのです。
でも、だからといっていじめてよいわけじゃないので、明らかにいじめる側が悪いんです。
で、いじめられる側に、いじめさせるような原因があるとすれば何かを考えても・・・多分そんなにないですよね?むしろいい人ほどいじめられやすいかもしれないくらいです。いじめる相手よりいじめられる人のほうが人間としてできていることもあるでしょう。
まぁ、個性が平均以上だったり以下だったりすると、いじめの大義名分を与えてしまうので、それが原因といえばいえなくもないですが。じゃぁその個性を消してしまって集団で目立たないようにして、いじめられにくくしたところで、その人が生きているといえるのかというと疑問が残りますよね?「常識で考えて」人に不快な思いをさせない範疇なら、本当の自分を出していったほうが、自分のことを本当に大好きな友人に巡り合えると私は考えています。じゃぁ、のびのびと個性を出してもいじめられない人は何をしているのか。
実は一つだけ!悪気がなくても、善人でも、素晴らしい人でも、いじめられる側が無意識にしてしまう、あることを見つけました。このことについて深堀して今後書いていきたいと思います。