この記事は、私がパニック発作(パニック障害)になった時の経験を書いたものです。
本文で紹介している事例は、万人に効果があるとは言えません。
あくまでも、私自身の体験として読んでください。
もし試されるのなら、専門家の指導を受け自己責任でお願いします。
今ではすっかり楽になりましたが、当時はお先真っ暗の心境。
「僕は何も悪いことしてないのに、なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ。やっぱり、神も仏もないじゃんよ」とひどく落ち込んでいました。
職場のパワハラや親父の危篤、最初の結婚の破たんでがんじがらめだった私は、知り合いのカウンセラーに神経科を紹介されました。
神経科を受診して適応障害の診断書をいただき、4か月休職したのです。
ところが、パニック発作(パニック障害)は、休職中におきました。
詳しくは、前半の記事をお読みください。
パニック発作(パニック障害)から一夜明けました。
一番寝ればなんとかなるんじゃないか、と思っていたのは、まさしく夢でした。
発作の前触れに、一日中悩まされるようになったのです。
パニック発作(パニック障害)が起きた時のことを身体が覚えていて、発作が起きる前触れや、前触れの前触れくらいまでわかるようになりました。
当時の私にとって、またパニック発作(パニック障害)を繰り返すのは絶対に避けたい。
だから全身に気を配り、発作が起きそうになるのを捕まえようとしていたんです。
発作が起きそうになると、全身、特に上半身を激しく揺さぶって発作を納めていました。
頭にミツバチやゴキブリがとまった人が、その虫を振りほどこうとするように。
次第に、もっと効果的な他の方法を知りましたが、当時の私は、パニック発作(パニック障害)の知識は全然無い。
これしか方法がなかった。
発作の前触れは、いつ何時起こるかわかりません。
休職中はほとんど自宅でひきこもりでしたが、出かけたときは非常に不安でした。
外出先で全身をシェイクする奴がいたら、怪しさ全開だなって。
実際に、何度もしましたが・・・。
悲しかった。
僕ももうおしまいだなって。
もう社会復帰できないかもって。
休職は4か月でやめました。
いつまでも休んでいられないのは、事実です。
そして、専門学校の恩師に転職先を紹介してもらい、採用は来年4月から、ということになりました。
だから、そろそろ社会復帰していないと、と思ったんです。
パニック発作(パニック障害)の前触れに備え、一日中全身をチェックしているのは相変わらず。
そして、このころ追加で不調が出てきました。
お腹が空くと、発作の前触れが必ず来るようになったんです。
お腹が空くと言っても、腹が減ってどうしようもない、という感じじゃなくても発作の前触れが来るようになりました。
手足がしびれ始め、呼吸が浅く速くなるのが、ありありとわかるんです。
職場復帰に向けた研修中、11時半過ぎに手足がしびれてきたことがあります。
あわててトイレに行って、昼食用に用意していたおにぎりを大急ぎで2つ食べたことがあります。
そのため、カバンに菓子パンを2つ入れるようになりました。
お腹が空いてきたら早めに食べるためです。
当然ですが、私はどんどん太りだしました。
お腹が出っ張ってジーパンのウエストがきつくなり、ボタンを留められなくなりました。
でも、パニック発作(パニック障害)だけは避けたかった。
太る位、仕方ないと思っていました。
4月になり、地元に戻りました。
お金もなかったので、独り暮らしのお袋のアパートに転がり込みました。
毎日必死の思いで普通電車やバスに乗り、周りにはパニック発作(パニック障害)のことは何も言わず仕事を始めました。
どうせ説明したところで、わかってもらえないと思っていましたから。
孤独でしたね。
ご縁あって、鍼灸師の先生の治療を受けました。
同時に、煎じる漢方薬を処方してくれる漢方薬局を見つけ(代替医療の本を扱っている書店に電話して教えてもらいました)他にも独学でいろんな処置を行い、発作の前触れは玉ねぎの皮をむくように、少しづつ変わってゆきました。
カウンセリングも受けました。
パニック発作(パニック障害)になって、自己肯定感はものすごく下がっていました。
それをカウンセリングで見つめ直し、整えてゆきました。
新幹線に乗る前は、タッピングセラピーのTEFを受け、何とか乗ることができました。
その後、私もタッピングセラピーのEFTの認定資格を取りました。
職場の健康診断で、脂肪肝と診断され、ダイエットを始めました。
空腹時にパニック発作(パニック障害)の前触れが起きることは、ほとんどなくなっていましたから。
最初はウォーキング5分でわき腹が痛くなりましたが、少しずつ強度と距離を伸ばし、最後は毎日50分ジョギングしていました。
体重は76キロから61キロまで落とし、肝機能も正常に。
パニック発作(パニック障害)になって3年後、鍼灸師に「星野さん、今日でようやく全身の気が整いましたよ。油断すればまた元通りになるから、引き続き気を付けて下さい」と言われました。
本当にうれしかったです。
涙が出てきました。
漢方薬の先生も、自分のことのように喜んでくださいました。
もちろん、当時パニック発作(パニック障害)が完全に良くなったわけではありません。
現在の状態になるにはさらに何年も必要でした。
それからしばらくして、今の妻と出会いました。
パニック発作(パニック障害)になった日の、ヒーラーさんの紹介です。
遠距離恋愛でしたから、毎月の電話代は4万円越え。
妻と交際する前に「やっぱり話しておかないと」と、私がパニック発作(パニック障害)があって、だいぶ良くなって来たけどまだ完治していない、と伝えました。
フラれる覚悟でしたが、内緒にして付き合うのは不誠実だ、そう思っていたからです。
妻はあっさり「パニック発作(パニック障害)あるんだ。大変だね。一緒に乗り越えようよ」そう言ってくれました。
私は大声を上げて泣き、この人と一緒にいたいと思いました。
妻も大学病院に勤めていた時うつ病になったそうです。
その後、妻にプロポーズ。
今年で結婚20年目です。
私は、今の状態まで何年もかかりました。
でも、必ず回復はすると思います。
そのために、やるべきことはあるでしょうが。
必ず光はあります。
この文章を読んで、現在パニック発作(パニック障害)で苦しまれている人に、何かの参考になれば幸いです。
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