今回は、私がパニック発作(パニック障害)になった時の状況をお伝えします。
理由は、私の経験を伝えることで、今パニック発作(パニック障害)でお困りの人に何か役立つことがあるかと思ったからです。
実は、数年前まで思い出すことすらできませんでした。
数年前までは、あの、苦しく今にもダメになりそうな時のことを思い出すと、また発作が起きそうな気がしたんです(実際に、起きそうになったこともあります)。
最近は、本当に落ち着いています。
ですから、私の経験をお伝えしようと思います。
後半の内容はもう一つのブログに書いています。詳しくは下のリンクをクリックしてご覧ください。
あの時、私は会社を休職中でした。
会社でのパワハラと離婚問題、親父の危篤等で、たくさんのストレスにさらされていました。
その結果、日常生活が送れなくなり、神経科で診断書をもらって休んでいました。
「適応障害」という診断書をもらって、安心した気持ちと「僕もここまでダメになってしまったか」という複雑な気持ちでした。
今思えば、自己肯定感も全然なかったです。
それが、体調に影響していることに気づくのは、もっと後になってからでした。
休職中は規則正しい生活をしようと毎朝7時に起床。23時には就寝。
毎食自炊をしていました。
休職前は、食生活も最悪でした。
やる気が一切起きないし、お酒を飲まないと眠れない。
毎食コンビニ弁当やパンを食べ、アルコールはビール500ミリを2本とワイン1本、さらにビール500ミリ2本、が毎晩でした。
出勤する気にならないときは、ウイスキーを薄めて飲んで出かけていました。
休職中は、体調が良いときは近所の公園まで散歩、不調なときは自宅でじっとしていました。
トムハンクスとメグライアン主演の”Sleepless in Seattle”(邦題「めぐり逢えたら」)をレンタルビデオショップで借りて、一日中泣いている、そんな毎日でした。
ある日、知り合いのヒーラーさんが都内でセミナーやるから来ない?と誘いを受けました。
当日は調子が良かったので、出かけました。
ヒーラーさんには、休職中のことは伝えていませんでした。
ちょうどいい機会だから、逢ったら話そうと思っていました。
渋谷経由で中央線に乗り、最寄り駅まで座席に座り、本を読んでいました。
すると。
自分が、呼吸ができないことに、気づきました。
「あれ、あれ?息が吸えない、吸えない!!!どうしよう!!!吐けない、どうしよう!!!このままだと死んでしまう!!!あぁ~~~~!!!」
平日の昼過ぎですから、中央線の車内は人もまばら。
周りの乗客が、私の様子がおかしいことに気づいて変な顔で私のことを見ているのに、気づきました。
とにかく、次の駅で降りよう、と本をカバンにしまい、あわてて車外に出ました。
ようやく呼吸ができるようになりましたが、まだ全身にダメージが残っている。
しばらく駅のベンチに座っていました。
「いったい何があったんだ?」
ヒーラーさんのセミナーに行く余裕もなく、そのまま帰ろうと思っているとガラケーが鳴りました。
ヒーラーさんから着電。
「星野クン、どうしたの?もうすぐセミナー始まるよ」
「ああ、すみません。ちょっとお腹の具合が悪くなって、今日は休みます」
適当なウソをついて、電話を切りました。
帰宅しようと電車に乗りましたが、心臓がバクバクして居ても立っても居られない感じになりました。
電車に乗っているのが怖い・・・。
そう感じるようになりました。
普通電車に乗って、何とか帰宅しました。
この日は早めに寝ることにしました。
「寝て一晩明ければ、楽になるんじゃないかな」
ところが、これが始まりだったんです。
パニック発作(パニック障害)の・・・。
この続きは、また書きます。
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