「いい人」でいることが当たり前だった|嫌われないために合わせ続け、自分がわからなくなった話

「いい人」でいることが当たり前だった|嫌われないために合わせ続け、自分がわからなくなった話

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コラム
「いい人でいよう」と思っていたわけではありません。

むしろ当時の私は、自分が「いい人でいようとしている」ことにさえ気づいていませんでした。

人に頼まれたら引き受ける。
相手が喜ぶ方を選ぶ。
つらくても笑顔でいる。

それが、私にとっては当たり前だったのです。

嫌なのに断れない。
何かを決めるときも、人に聞いた方が安心する。
「本当はどうしたい?」と聞かれると、答えに困る。

そんな感覚がある方もいるのではないでしょうか。

今振り返ると、私はずっと「人に認めてもらえる自分」でいようとしていました。

そして、相手に合わせて出した答えを「自分の本音」だと思い込んでいたのです。

この記事では、私がなぜ自分の気持ちを見失っていったのか、本音を取り戻すために何を始めたのかをお伝えします。

自分の気持ちが分からないとき、最初にどこを見ればいいのか。
そのヒントも、私の体験からお話しします。

断ることすら、頭によぎらなかった


以前の私は、仕事を頼まれたときに「断ろうかな」と考えることがありませんでした。

考えるのは、いつも「どうしたら私ができるだろう」ということ。

仕事が多ければ残業する。
終わらなければ、家に持ち帰ってでもやる。

深夜までかかっても、「できません」と言うより、自分が何とかする方法を考えていました。

当時は、それを我慢だとも思っていませんでした。
むしろ「頼まれたのだからやるのが当たり前」と思っていたのです。

でも今なら、一人で全部抱えることが良い働き方だったとは思いません。

周りに頼ったり、仕事を分けたりすれば、違う視点も入ります。
みんなで取り組んだ方が、より良いものができることもあります。
一人で抱え込むことは、周りの人が力を発揮する機会まで減らしていたのかもしれません。

けれど当時の私には、「人に任せる」という選択肢そのものがありませんでした。

笑顔でいれば、嫌われないと思っていた


私は、できるだけ笑顔でいようとしていました。

つらいことがあっても、苦しくても、なるべく見せない。

問題なく働ける人。
いつも笑顔の人。
何でもできる人。

そんなふうに見られたかったのだと思います。

「この人、すごいな」
「この人には価値がある」

そう思ってもらいたかった。

人に認めてもらうことが、自分の価値を確かめる方法になっていました。

だから、人に嫌われることがとても怖かった。

嫌われたら、自分には価値がないような気がしていたのです。

そのため、相手が喜んでくれることを優先するのは、私にとってごく自然なことでした。

「私が我慢している」という感覚さえありません。

自分より人を優先する。

それが、私が人から認めてもらうための方法になっていました。

相手に合わせた答えを「私の本音」だと思っていた


さらに厄介だったのは、私は自分の本音が分からなくなっていたことです。

母が「ここに行きたい」と言えば、
「私も行きたい」と思う。

夫がある料理を喜んで食べてくれれば、
「私はこの料理が好きなんだ」と思う。

誰かが「その仕事、いいんじゃない?」と言えば、
「じゃあ、私はこの仕事がしたいんだ」と思う。

相手に合わせて出した答えを、自分の本音だと思っていたのです。

でも、本当は違いました。

「今日は家にいたい」
「そこには行きたくない」
「この料理は、あまり好きじゃない」
「今日は魚が食べたい」

そんな小さな気持ちも、ちゃんとありました。

ただ、それを自分で拾っていなかったのです。

相手が喜んでくれるなら、それでいい。
相手の機嫌が良くなるなら、その方がいい。

そうやって生きているうちに、「私はどうしたい?」という問いそのものがなくなっていきました。

自分で決めないほど、自分が分からなくなった


仕事を選ぶときも同じでした。

給料がいい。
通いやすい。
条件がいい。
面接で話を聞いたら良さそうだった。

さらに内定をもらい、家族や友達から「いいんじゃない?」と言われる。

すると私は、

「みんながいいと言うなら、私もこれでいい」

と決めていました。

自分が本当にその仕事をしたいのか。
どんな働き方なら心地よいのか。

そんなことを、自分に聞いていなかったのです。

他人に選択を委ねれば、自分で決めなくても済みます。
誰かが「いい」と言ってくれれば、安心もできました。

でも、自分の気持ちを置き去りにしたまま選んだ場所では、また我慢が始まります。

そして私は、

「どうして生きることって、こんなに苦しいんだろう」

と思うようになっていきました。

外では笑顔なのに、家ではぐったりしていた


仕事中は笑顔で、頼まれたことを引き受ける。

でも家に帰ると、もう何もしたくありませんでした。

人と話すことさえ面倒になる。
どこにも出かけたくない。

ただ疲れていました。

友達との約束も同じです。

約束したときには笑顔で、
「楽しみにしているね」と言う。

でも当日になると、

「行きたくないな」
「面倒だな」
「家にいたいな」

と思う。

それでも、約束を破るわけにはいかないと思い、何とか家を出て会いに行きます。

会っている間は、普通に笑って話す。
そして家に帰ると、どっと疲れる。

「あの言葉、どういう意味だったんだろう」
「何か変なことを言ったかな」
「嫌われたんじゃないかな」

そんな一人反省会まで始まることがありました。

人と会うのが怖い。
仕事へ行くのも怖い。
人生そのものが苦しい。

それでも私は、「自分が我慢している」とは思っていませんでした。

そんな私が、自分の本音と行動が大きくずれていることに気づいた出来事があります。

嫌な人にまで「また行こう」と言っていた


どうしても苦手な人がいました。

会いたくない。
行きたくない。

正直、この人は嫌だ。

心の中では、はっきりそう思っていました。

それなのに誘われると、断れないのです。

その場では笑顔で、

「いいよ」
「楽しみにしているね」

と答えてしまう。

そして家に帰ってから、

「なんで、また行くって約束したんだろう」

と落ち込む。

断る理由はないだろうか。
今から断ったら悪く思われないだろうか。

そんなことを延々と考えて、それでも結局また行ってしまう。

これを繰り返したとき、ようやく気づきました。

私は、本当は嫌なのに断れないんだ。

自分の気持ちより、相手にどう思われるかを優先していたのです。

最初に必要だったのは「嫌だ」を認めることだった


そこから私は、自分の心を見直すようになりました。

「本当の私は、どう思っているんだろう」

それを知りたくなったのです。

最初に必要だったのは、自分の中に出てくるネガティブな気持ちを無視しないことでした。

「嫌い」
「行きたくない」
「腹が立つ」
「もうやめたい」

私は、そんな感情をずっと見ないようにしてきました。

こんなことを思ったらいけない。
こんな自分を人に見せたら嫌われる。

そう思っていたからです。

でも、本音を知るには、まずそこを見る必要がありました。

「私は、この人が嫌なんだね」
「本当は行きたくないんだね」
「腹が立っているんだね」

自分の中に出てきたどんな感情を、否定せずに認めるようにしました。

すぐに相手へぶつける必要はありません。

嫌いだからといって、関係を全部切らなければいけないわけでもない。

ただ、自分まで自分の気持ちを否定しない。

そこから始めました。

ネガティブな感情を認めると、本音も見えてきた


嫌な感情を認めるようになると、それまで見えなくなっていた気持ちにも少しずつ気づくようになりました。

ネガティブな感情だけを消して、良い感情だけを残すことはできないのです。

「嫌だ」を見ないようにしていたら、

「好き」
「うれしい」
「こうしたい」

という気持ちまで分からなくなっていました。

だから、出てきた感情を一つずつ認めました。

すると、その奥にある希望も見え始めます。

「今日は休みたい」
「本当は断りたい」
「これは好きじゃない」
「私はこっちを選びたい」

小さな気持ちです。

けれど、それまでの私にとっては、とても大きな変化でした。

そして、できるときには、その希望通りに行動してみることも始めました。

人に認めてもらうことを、自分の価値にしない


もう一つ、大きく変えたことがあります。

それは、自分の価値を他人だけに決めてもらわないことです。

以前の私は、人に認めてもらえること、喜んでもらえること、嫌われないことによって、自分の価値を確かめていました。

でも、それでは相手の反応が変わるたびに、自分の価値まで揺れてしまいます。

だから私は、自分が自分を認めることを意識するようになりました。

「今日もよくやった」
「疲れているのに頑張ったね」
「これは嫌だったんだね」
「私はこうしたかったんだね」

人に認めてもらうより、まず自分が自分の気持ちを見る。

それを続けるうちに、食べたいものや行きたい場所、仕事を選ぶときにも、少しずつ「私はどうしたい?」と考えられるようになりました。

相手の答えを探す前に、自分の気持ちを確認する。

私にとっては、それまでとは大きく違う選び方でした。

「いい人」をやめることは、わがままになることではない


今は、人はそれぞれ違っていていいと思っています。

できることも、できないこともある。
嫌なこともあれば、好きなこともある。

一人ですべてを抱え込まず、周りの人と支え合いながら生きていけばいい。
自分が幸せになってもいい。

そう思えるようになりました。

「いい人」をやめるというのは、誰かを大切にしなくなることではありません。

相手の気持ちだけではなく、自分の気持ちも同じように大切にすることなのだと思います。

もし今、

「自分が何をしたいのか分からない」
「嫌なのに断れない」
「人に合わせる方が楽」

そんな感覚があるなら、いきなり大きな答えを出す必要はありません。

まず今日、自分に一つだけ聞いてみてください。

「私は、本当はどうしたい?」

「何を食べたい?」
「今日は出かけたい? 家にいたい?」

そんな小さなことでも構いません。

すぐに答えが出なくても、それも今の自分の状態です。

これまで聞いてこなかった自分の声に、少しずつ耳を向けていく。

私にとっては、それが自分を取り戻していく最初の一歩でした。

「本当はどうしたい?」が分からないときは、話してみませんか


「自分の気持ちが分からない」
「これって嫌なのかな。それとも私が気にしすぎ?」
「うまく説明できないけれど、誰かに話したい」

そんなときは、無理に一人で答えを出さなくても大丈夫です。

ちょっと話したいときは「ちょっと話そ♪」

相談というほどではないけれど、誰かに聞いてほしい。

自分の気持ちを話してみたい。
ちょっとした疑問や、生きづらさの理由を聞いてみたい。

そんなときは、電話相談 なおママの「ゆるっとおしゃべり処」へどうぞ。

話がまとまっていなくても大丈夫です。
愚痴や雑談でも、そのまま今の気持ちを聞かせてください。

もちろん、質問や相談もできます。
ご希望があれば、状況に応じて一緒に考えたり、アドバイスをお伝えしたりもします。

1分から、話したい分だけ。

「ちょっと聞いてほしいな」と思ったときに、気軽に声をかけてください。


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人に合わせる答えではなく、「私は本当はどうしたい?」を一緒に探してみませんか。



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