「もっとちゃんとしなきゃ」
この言葉は、以前の私の口ぐせでした。
仕事をしていても、家事をしていても、
「もっとちゃんとやらなきゃ」
「早くちゃんとできるようにならなきゃ」
いつも、どこか焦っていました。
何か失敗すれば、
「次はもっとちゃんとしよう」
悩んで自分の心を見直すときでさえ、
「早く改善しなきゃ」
「もっと早く変わらなきゃ」
と、自分を急かしていました。
休んでいても、心のどこかが落ち着かない。
まだ足りない。
まだできていない。
そんな不安が、いつも私の中にありました。
「もっとちゃんと」は、私を前に進ませる言葉だと思っていました。
でも実際には、私を焦らせ、自分を許せなくする言葉にもなっていたのです。
ちゃんとできない私はダメ。
もっと頑張らなければダメ。
そうやって私は、何度も自分を責めていました。
では、どうして私はここまで「ちゃんと」にこだわっていたのでしょうか。
自分の心を振り返っていく中で、一つのことに気づきました。
私は子どもの頃、両親に対して何度も、「もっとちゃんとしてよ」と思っていたのです。
親に向けていた「もっとちゃんとしてよ」と、自分に向けていた「ちゃんとしなきゃ」。
私の場合、この二つはつながっていました。
この記事では、私の「ちゃんと」がどこから来たのか。
そして、その基準が緩んだことで、自分への厳しさがどう変わったのかをお伝えします。
悩みを話しても、最後は「もっとちゃんとします」だった
自分の悩みを人に話したときにも、私はよく同じ言葉を使っていました。
何か質問されると、
「もっとちゃんとやろうと思います」
「これからは、もっとちゃんとします」
気づけば、そんな答えを繰り返していました。
一見すると、前向きな言葉にも見えます。
けれど、あるとき私は、「どうして私は、こんなに『もっとちゃんと』と言うんだろう」と思いました。
できなかったことがあれば、できる方法を考える。
疲れているなら、負担を減らしてみる。
本当なら、そんな選択肢もあったはずです。
でも私の中では、「私がもっと頑張ればいい」という答えが、いつも先に出てきていました。
負担を減らすことよりも、自分がもっと頑張ることを選んでいたのです。
仕事も家事も減らせなかった
仕事と家事の両立が苦しかった時期もありました。
仕事の量を減らした方がいいのか。
それとも、家事を少し減らした方がいいのか。
私は何度も考えました。
でも、どちらも諦められませんでした。
そこで出てきたのも、「もっとちゃんとやらなきゃ」でした。
仕事もちゃんとやる。
家事もちゃんとやる。
周りにも迷惑をかけない。
できれば、結果も出す。
私の中の「ちゃんと」は、どんどん高くなっていきました。
できる量を調整するのではなく、自分をもっと頑張らせようとしていたのです。
だから、いつも焦っていました。
「これで大丈夫かな」
「もっとやった方がいいんじゃないか」
仕事をしていても、そんな不安が消えませんでした。
私の「ちゃんと」は、他人の評価で決まっていた
振り返ると、私にとっての「ちゃんと」は、自分だけでは決められないものになっていました。
自分なりに頑張った。
仕事を終わらせた。
家事もやった。
それでも、なかなか自分に合格を出せません。
人から評価される。
「助かったよ」と言われる。
「よくやったね」と認めてもらう。
そこまでいって初めて、「ちゃんとできたのかもしれない」と思えました。
褒められれば安心する。
でも失敗すると、「もっとちゃんとしなきゃ」が、さらに強くなる。
今思えば私は、自分がちゃんとできたかどうかの判定を、他人に預けていたのだと思います。
自分がどれだけ頑張ったかより、
周りにどう評価されたか。
社会から認められたか。
誰かの役に立てたか。
そこを基準にしていました。
だから「ちゃんと」には、終わりがなかったのです。
子どもの頃、私は親にも「もっとちゃんとして」と思っていた
では、自分の「ちゃんと」はどこから来たのだろう。
そう考えたとき、子どもの頃の自分を思い出しました。
私は4人きょうだいの3番目です。
もっと親に構ってほしかった。
もっと私を見てほしかった。
私にとっては、構ってもらえることが、愛情を感じることでした。
だから、親が妹や他のきょうだいに構っている姿を見ると、
「私にももっと構ってよ」
「私のことも、もっと大切にしてよ」
そんな気持ちが出てきました。
そして、その思いが私の中では、「もっとちゃんとしてよ」という不満になっていました。
お母さんがお弁当を作ってくれても、
私が思っていたようなお弁当でなければ、「もっとちゃんと作ってほしい」と感じる。
お父さんが何かを手伝ってくれても、
自分が望んだようにやってくれなければ、「もっとちゃんとやってよ」と思う。
「お母さんは冷たい」
「私にはちゃんとしてくれない」
そんなふうに感じていたこともありました。
本当に欲しかったのは「ちゃんとした親」ではなかった
大人になった今だから、少し違う見方ができます。
当時の私は、完璧なお父さんやお母さんが欲しかったわけではありませんでした。
本当は、
「もっと私を見てほしい」
「私のことも大切にしてほしい」
そう思っていたのだと思います。
でも、子どもの私は、その気持ちをうまく言葉にできませんでした。
だから、「もっとちゃんとしてよ」という不満になっていた。
私の望んだ通りに動いてくれることを、「ちゃんとしてくれること」だと思っていた部分もありました。
本当に「ちゃんとしてくれていなかった」のだろうか
それから私は、もう一度過去を振り返りました。
本当に両親は、私に何もしてくれていなかったのだろうか。
本当に、ちゃんとしてくれていなかったのだろうか。
そう考えると、私の場合は違いました。
お母さんは、毎日お弁当を作ってくれていた。
お父さんも、休みの日にできることをしてくれていた。
4人の子どもがいる中で、両親なりに、私にも関わってくれていました。
ただ、私の思い通りではなかった。
そこを私は、「ちゃんとしてくれなかった」と受け取っていたのだと思います。
子どもの頃の私は、親にも事情があることや、できることに限界があることまでは、考えられませんでした。
だからこそ、「もっと私を見て」という寂しさを、「もっとちゃんとしてよ」という形で抱えていたのだと思います。
もちろん、これは私の場合の話です。
過去の親子関係は人それぞれ。
実際に十分な愛情や支援を受けられなかった方もいると思います。
親との関係を、無理に肯定する必要はありません。
私自身は過去を振り返ったとき、「してもらえなかったこと」だけではなく、「してもらっていたこと」にも気づいたのです。
親への「もっとちゃんと」が緩むと、自分への言葉も変わった
「お父さんも、お母さんも、ちゃんとやってくれていたんだな」
そう思えたとき、私の中にあった親への厳しい基準が少し緩みました。
すると、不思議なくらい、自分への基準も変わっていきました。
「私も、思っているよりもちゃんとやっているのかもしれない」そう思えたのです。
今まで十分頑張ってきた。
できていることもある。
失敗したからといって、全部がダメになるわけではない。
そう考えられるようになると、
「早く変わらなきゃ」
「もっと改善しなきゃ」
という焦りも減っていきました。
私は初めて、「もっとちゃんと」ではなく、「今の私も、ちゃんと頑張っている」と思えるようになりました。
私は大人になっても、子どもの心のまま、親のことを「ちゃんとしてよ」と責め続けていた。
同じように、自分自身に対しても、「ちゃんとしなきゃ」と責めていたことに気づいたのです。
親を責めるのを止めたとき、自分を責めるのも緩みました。
私にとって、「もっとちゃんと」を緩めることは、生きづらさを一つ緩めることでもありました。
あなたの「ちゃんと」は、誰の基準でしょうか
今でも、「もっとちゃんとしなきゃ」と思うことはあります。
でも、その言葉が出てきたとき、以前とは少し違う見方ができるようになりました。
「どこまでできたら、私は自分にOKを出せるんだろう」
「誰かに認められないと、ちゃんとできたことにならないのかな」
「私は本当にできていないのかな」
そんなふうに、一度立ち止まります。
私の場合は、親に求めていた「もっとちゃんと」を見直すことが、自分への厳しさを緩める一つのきっかけになりました。
自分が今持っている「ちゃんと」の基準は、どこから来たのだろう。
そこを振り返ってみることで、自分を苦しめている基準に気づけることがあるのです。
私の場合は、親への「ちゃんとしてよ」という怒りだった。
あなたも、もしかしたら、誰かに対しての怒りの感情が「ちゃんとしなきゃ」を作っているのかもしれません。
「もっとちゃんとしなきゃ」そう思ったときは、今日できなかったことだけではなく、今日、自分がちゃんとやったことにも目を向けてみる。
仕事をした。
ご飯を作った。
誰かの話を聞いた。
疲れている自分に気づいた。
大きなことでなくても構いません。
「まだ足りない」と自分を急かす前に、すでにできていることも一度見てあげてほしいのです。
自分を急かし続けなくても、前には進めます。
私にとっては、「もっとちゃんと」を少し緩めることが、生きづらさを楽にする大切な一歩になりました。
一人で考えていて、誰かに話したくなったときは
「私も『もっとちゃんと』って思っているかも」
「どうして私は、こんなに焦るんだろう」
この記事を読んで、少し自分のことを話してみたくなったら、気軽に声をかけてもらえたらと思います。
ちょっと話してみたい方へ
「相談というほどではないけれど、ちょっと誰かに話したい」
「自分の場合はどうなの?って聞いてみたい」
そんなときのために、ちょっと話そ♪なおママのゆるっとおしゃべり処を作りました。
今日あったこと。
なんとなくモヤモヤしていること。
私が生きづらく感じるのは、どうしてなんだろう?
色々なちょっとした疑問でも大丈夫です。
雑談でもいいですし、「これってどう思いますか?」と、そのまま質問してもらっても大丈夫。
もちろん、ただ聞いてほしいときは、ゆっくりお話をお聴きします。
一緒に考えてほしいときは、お話を整理しながら、状況に応じて私なりの視点やアドバイスもお伝えできます。
「ちょっと話してみようかな」
そんな気持ちで使ってもらえる、気軽な電話相談です。
しっかり時間を取って整理したい方へ
「私の『もっとちゃんと』は、どこから来たんだろう」
「同じ考え方を繰り返してしまう理由を、もう少し深く整理したい」
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今感じている苦しさだけではなく、これまでの経験や、繰り返している考え方も含めて、時間を取って一緒に整理していきます。
話していく中で、「私は、こんな基準で自分を責めていたんだ」と気づくこともあります。
一人では整理しづらいことを、ゆっくり言葉にしてみたい方は、ビデオチャットでお話しください。