意見を否定されると腹が立つのはなぜ?|アダルトチルドレンが意見の違いを楽に受け止める考え方

意見を否定されると腹が立つのはなぜ?|アダルトチルドレンが意見の違いを楽に受け止める考え方

記事
コラム

人から違う意見を言われただけなのに、腹が立つ。

「どうして分かってくれないの?」
「私の考えを否定された」

そんなふうに感じることはありませんか。

以前の私は、相手と意見が違うと、ただの「違い」として受け取れませんでした。

振り返ってみると、私は無意識に、

「どちらが正しいか」
「どちらが勝つか」

を決めようとしていたのです。

さらにその奥には、

「認めてもらいたい」
「自分には価値があると思いたい」

という気持ちがありました。

自分の生きづらさをアダルトチルドレンの視点から振り返ったことで、私は少しずつこの考え方に気づいていきました。

この記事では、私がなぜ意見の違いを「否定」と受け取っていたのか。

そして、意見が違っても以前より楽に受け止められるようになった考え方をお伝えします。

本音を伝えたら、今度は「否定された」と感じた


前回の記事では、

「本当は嫌」
「私はこうしたい」

という自分の気持ちを、飲み込まずに伝えることについて書きました。

その中で、こんな例を出しました。

「私はフードコートで食べたい」と伝えたとき、

「僕はフードコートは嫌だ」と返ってくることがあります。

前回は、相手に受け入れてもらうことが、本音を伝える目的ではないと書きました。

自分の希望を伝えたうえで、

「じゃあ、お惣菜を買って帰ろうか」
「別のお店にしようか」

と、次の話をしていけばいい。

でも、以前の私は、ここで簡単に次へ進めませんでした。

勇気を出して、

「私はこうしたい」と言ったのに、

「俺は嫌だ」と言われる。

すると、

「私の意見を否定された」
「どうして分かってくれないの?」

と腹が立っていたのです。

ただ希望が違うだけなのに、なぜ私はこんなに反応するのだろう。

その理由を振り返っていくと、私の中にあった「勝ち負け」の考え方に気づきました。

私は話し合いのたびに、勝ち負けをしていた


以前の私は、

「私は正しい」
「相手が間違っている」

と考えることがよくありました。

たとえば仕事で、一生懸命考えた案を出したとします。

ところが相手から、

「その案より、こっちの方がいいと思う」と言われる。

すると、

「いや、私の案の方がいい」
「ちゃんと考えれば分かるはず」

と思い、何度も説明することがありました。

説明しているつもりでも、本当は違ったのでしょう。

相手に「私の方が正しい」と認めてもらうまで、引き下がれなかったのです。

それでも自分の案が採用されなければ、

「分かってくれなかった」
「相手がわからず屋だからだ」
「周りが認めてくれなかったからだ」

と理由を探していました。

そうすることで、

「私は負けていない」

と思おうとしていたのだと思います。

今振り返ると、私は話し合っているつもりで、いつの間にか勝負をしていました。

意見の違いが「攻撃」に感じられていた


勝ち負けで考えていると、人との会話は苦しいものになります。

違う意見を言われる。

それだけで、

「否定された」
「責められた」

と感じる。

場合によっては、

「私はいじめられている」
「私は被害者なんだ」

と思うことさえありました。

攻撃されたように感じるから、私も自分を守ろうとします。

相手の言葉を素直に聞けなくなり、反論したくなる。

相手の意見を認めれば、自分が負けたような気がしていました。

だから、認めたくない。

人と会話をしているだけなのに、心の中ではずっと戦っていたのです。

人と接することが怖かった理由も、今なら少し分かります。

誰かと話せば、いつ否定されるか分からない。

いつ負けるかも分からない。

そんな緊張を抱えながら人と関わり続けるのは、本当に疲れることでした。

なぜ私は「負けること」が怖かったのか


では、どうして私は、そこまで勝ち負けにこだわっていたのでしょうか。

私の場合、自分の心を振り返っていくと、子どもの頃の経験につながっていきました。

私は四人きょうだいの三番目です。

上に姉が二人、下に妹が一人います。

特に一歳上の姉とは年子だったこともあり、よく比べられていました。

姉は勉強ができ、運動も得意でした。

私は勉強も、一生懸命頑張らなければできませんでした。

足も速くありません。

母が姉を褒める姿を、何度も見てきました。
母や周りは、私と姉を比較しました。

学校でも、

「よくできたお姉ちゃんの妹さんね」

と言われる。

直接、

「お姉ちゃんの方がよくできるね」

と言われたこともあります。

学校の先生すら、

「〇〇ちゃんの妹」

という名前で呼ばれていたこともありました。

姉や妹はかわいらしい顔をしていて、周りから「かわいい」と構ってもらうことが多かった。

その姿を見ながら、

「私は見てもらえない」

と感じていたのだと思います。

「一番になれば、見てもらえる」と思った


そんな私が、一生懸命頑張ったのが勉強でした。

あるとき、頑張って100点を取りました。

すると、とても褒めてもらえたのです。

姉でも妹でもなく、そのときは私が褒めてもらえました。

私はそこで、

「一番になれば見てもらえる」

と感じたのだと思います。

勝てば褒めてもらえる。

一番なら価値がある。

負けたら見てもらえない。

一番にならなければ、愛してもらえない。

もちろん、当時こんなふうに言葉で考えていたわけではありません。

大人になって振り返ったとき、私はそう受け取っていたのではないかと気づきました。

「認めてもらうには、誰かより上でいなければならない」

そんな考え方が、人間関係にも残っていたのでしょう。

私にとって勝つことは、単なる勝敗ではありませんでした。

「私はここにいていい」

と思うために、必要なことになっていたのかもしれません。

アダルトチルドレンの視点から、自分の反応を見直した


私は、自分の生きづらさをアダルトチルドレンの視点から振り返るようになりました。

すると、これまで当たり前だと思っていた考え方にも、少しずつ気づくようになりました。

私の場合、

「負けたくない」
「間違っていると思われたくない」

という気持ちの奥には、

認めてもらいたい。
見てもらいたい。
価値のある自分でいたい。

という思いがありました。

だから、相手から違う意見を言われただけでも、単なる意見の違いとして受け取れなかったのでしょう。

「私は間違っていると言われた」

さらにその奥では、

「私には価値がないと言われた」

くらいに感じていたのかもしれません。

私の場合は、子どもの頃に人と比べられた経験と、大人になってからの勝ち負け思考がつながっていました。

もちろん、アダルトチルドレンと呼ばれる方が、みんな同じ理由で意見の違いを怖がるわけではありません。

育ってきた環境も、身につけた考え方も、人によって違います。

だからこそ、

「私はなぜ、こんなに反応するのだろう」

と、自分自身の背景を振り返ってみることが大切なのだと思います。

私にとっては、勝ち負けの奥にある気持ちに気づけたことが、大きな変化につながりました。

「一番」は、そもそも一つではなかった


勝ち負けへの考え方が変わるきっかけの一つになったのが、息子のピアノでした。

私は、息子の弾くピアノがとても好きです。

でも同じ演奏を聴いて、

「あまり好きではない」
「別の人の演奏の方が好き」

と思う人もいます。

コンクールでも同じでした。

今日一番になった人が、別のコンクールでも一番になるとは限りません。

審査する先生によって、音楽の捉え方や好みも違います。

それを見ているうちに、

いつでも、誰にとっても同じ「一番」があるわけではない。

と思うようになりました。

さらに、私自身もそうでした。

私は、誰かより優れていたから夫に選ばれたわけではありません。

誰かとの競争に勝ったから、一緒にいるわけでもない。

それでも、私を選んでくれた人がいる。

そのことに気づいたとき、

一番じゃなくても、人から大切にされることはある。

と思えるようになりました。

勝たなくてもいい。

誰かより優れていなくても、私自身の価値までなくなるわけではありません。

そう思えるようになると、「勝たなければならない」という考え方も少しずつ緩んでいきました。

フードコートを嫌だと言われても、私まで否定されたわけではない


前回の記事で書いた、

「私はフードコートで食べたい」

「僕はフードコートは嫌だ」

という会話も、今なら違って見えます。

以前の私なら、

「私は疲れているのに」
「私はフードコートで食べていきたいって言っているのに」
「どうして分かってくれないの?」

と、相手に自分の意見を認めてもらおうとしていたでしょう。

でも、

「僕は嫌だ」

という言葉は、

「あなたの考えは間違っている」

でも、

「あなたはダメだ」

でもありません。

相手も、

「自分はこうしたい」

と自分の気持ちを伝えているだけです。

私がフードコートに行きたいことも間違いではありません。

相手が行きたくないことも、間違いではない。

二人の希望が違っているだけです。

そう考えられると、

「どちらの意見を通すか」

ではなく、

「じゃあ、二人でどうしようか」

という話に進めます。

「お惣菜を買って帰ろうか」

「ほかのお店にしようか」

別の選択肢を探すこともできます。

以前の私は、この「次を一緒に考える」前に、どちらが正しいのかを決めようとしていました。

意見の違いを楽に受け止めるために考えている3つのこと


今でも、人から違う意見を言われれば、引っかかることはあります。

でも、

「あ、今また勝ち負けになっているな」

と気づけることが増えました。

そんなとき、私は3つのことを考えています。

1.今、勝ち負けを決めようとしていないか

「私の方が正しい」と証明することが目的になっていないか、一度考えます。

本当に必要なのは、

「どちらが勝つか」

でしょうか。

それとも、

「この先どうするか」

を話し合うことでしょうか。

目的を考えるだけでも、少し気持ちを切り替えやすくなりました。

2.意見への反対と、自分への否定を分ける

相手が私と違う意見を持つことと、私自身を否定することは別です。

仕事で何かを指摘されたときも、

「私を否定された」

とすぐに決めつけるのではなく、

「この案について、違う考えを伝えているだけかもしれない」

と考えます。

もちろん、すべての指摘が正しいわけではありません。

納得できない意見まで、受け入れる必要もないでしょう。

それでも、

「意見が違う」
「私自身を否定された」

この二つを分けて考える。

それだけでも、以前より相手の話を聞きやすくなりました。

3.「どちらが正しいか」より「どうするか」を考える

相手には、相手の意見がある。
私には、私の意見がある。

どちらかを消さなくても構いません。

それでも一つの答えを出す必要があるなら、

「では、二人でどうするか」

を考えます。

フードコートの例なら、

「どちらが我慢するか」

だけではありません。

お惣菜を買う。
別のお店へ行く。

今日は相手の希望にして、次回は自分の希望にすることもできます。

仕事の例なら、

「もしかしたら、改善点や学べることがるのかもしれない」

と考えてみる。

相手の案の優れていると思ったところを見つける。
相手はどんな思いで私にそう言ったのか考えてみる。

結果、今後どこを直せばよくなるか、聞いてみることもできます。

考えてみれば、選択肢はいくつもあります。

以前の私は、そこへ進む前に勝負を始めていました。

相手の意見を認めても、私が我慢する必要はない


ここで大切なのは、

「相手の考えを認める=自分が我慢する」

ではないことです。

相手に、

「そういう考え方もあるんだね」

と思っても、

「私はこう思う」

と伝えていい。

相手を認めたら、自分が負けるわけではありません。

二つの違う考えが、同時に存在していてもいいのです。

もちろん、

「私はどうしても嫌だ」
「ここは譲れない」

ということもあります。

その気持ちまで消す必要はありません。

自分の思いも伝えたうえで、

「では、二人でどうするか」

を話し合えばいい。

私にとっては、この考え方ができるようになったことで、人との意見の違いが以前よりずっと楽になりました。

気づくのは、あとからでもいい


とはいえ、私はいつも冷静に考えられるわけではありません。

その場では、

「あの人が悪い」
「絶対に私の方が合っている」

と思うこともあります。

でも、あとから、

「ああ、また勝とうとしていたな」

と気づけるようになりました。

気づけば、

「さっきは言い過ぎたね。ごめん」

と謝ることもできます。

相手の話を、もう一度聞くこともできる。

一度うまく話せなかったからといって、関係がそこで終わるわけではありません。

あとから話し直すこともできます。

最初から完璧に話し合おうとしなくてもいい。

あとから自分の反応に気づくだけでも、次のやり取りは変えられます。

意見の違いに、勝ち負けをつけなくていい


以前の私は、相手と意見が違うだけで、

「否定された」
「攻撃された」

と感じていました。

そして負けたくないから、今度は私が相手を否定する。

そんなやり取りを繰り返していたため、人と関わることそのものが苦しかったのだと思います。

でも今は、

相手と意見が違っても、私自身の価値が下がるわけではない。

と考えられるようになりました。

もし違う意見を言われて、強く腹が立ったときは、

「今、勝ち負けになっていないかな」

と考えてみる。

次に、

「相手は私自身を否定しているのか。それとも、意見が違うだけなのか」

と分けてみる。

そして必要なら、

「では、どうしようか」

と次の話をする。

私には、私の考えがある。

相手には、相手の考えがある。

人と意見を交わすことに、そもそも勝ち負けをつけなくてもいい。

そう気づけたことで、私は以前より、人と話すことがずっと楽になりました。

まずは、気づくだけでもいい

もし今日、誰かに違う意見を言われてモヤッとしたら、

「今、私は勝ち負けにしようとしていないかな」

と、一度だけ自分に聞いてみてください。

すぐに相手の意見を受け入れなくても、正しい答えを出さなくても大丈夫です。

「あ、私は今、負けたくなくて腹が立っているのかもしれない」

そう気づくだけでも、相手に言い返す前に、自分の気持ちを見るきっかけになります。

まずはそこから。

意見の違いを「勝ち負け」にしないための、小さな一歩です。


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