人生、まだまだこれから!🤗その④

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皆さま、こんにちは!✨
お疲れさまです( ^-^)_旦~
昨日は2度も投稿しちゃいました(^^ゞが、
いつもご高覧くださってありがとうございます!🤗

このブログは、ココナラ電話相談の待機中に書くようにしています。
初のお電話、どなたからいただくのかな?どんな呼び出し音が鳴るのかな?とドキドキワクワクしてました。
が、あれですね~、電話ってなかなか入らないものなのかな(^^ゞ
待機初日は、トイレも駆け足で行ってましたが、だんだん、ま、いっか~、鳴ったら鳴った時だわと(笑)
介護だけに限定してるからかけにくいんですかね?
介護だけじゃなくて他の、子育て中とか、同僚とか、相手が思い通りにならないジレンマ抱えた方々向けの窓口も別に作ったほうがいいのかなと思っています。(私のことだから、いつになるかわかりませんが(^^ゞ)

さて昨夜、書いてたことの続きをいきますね^^
私、実は、この世に存在しなかったかもしれない人なんです。
生まれる前と生まれる時に、どうやらそんなピンチがあったらしいです。
と、まるで他人事みたいに書いてますが、こればかりは記憶がないので(^^ゞ

67年前のある日。体調不良でよく寝込んでいた女性に、義妹が「おなかの子、産んでみたら?そしたら少しは丈夫になるかもよ」と言い、その女性は「じゃ、産んでみようか」となったそうです。
その数ヶ月後、その女性は夫と、大きなおなかを抱えてその義妹夫婦の家を訪ねてきました。
「あんまりおなかが大きいんでレントゲンを撮ってもらったら双子と分かった」と。
のんきな話ですよね、妊娠9ヶ月になってようやく分かるなんて。
その女性が私の産みの母親。出産を勧めた義妹というのが育ての母親です。
しかも産みの母親の弟が育ての父親。義妹の兄が産みの父親。
つまり二組のきょうだいがそれぞれに結婚してたわけです。産みの親の家には女の子が二人いて、育ての・・・ああ、めんど!書くほうでさえこんなだから読むほうはもっと飽きちゃいますよね。
産みの親をA夫、A子、育ての親をB夫、B子と呼ぶことにします。
で、A夫妻は子どもがいないB夫妻にこんなふうに言ったそうです。
「子どもがまた女の子だったら一人もらってくれないか」
二人とも男の子だったらどうしたんでしょうね。

12歳の時にB子お母さんからその話を聞かされた私は複雑な気持ちでした・・・。
生まれる前から女の子であるだけで「要らない」と言われたようで。
でも、ずっとず~っと後になって、私が母親になってからかな、強く思ったんです。
私は物凄い幸運に恵まれたんだと。ほんとなら生まれてきてない命が生かされてここに居られるのだと。

物凄い幸運は、出産時にも続きました。
A子お母さんは、今でいう重度の妊娠中毒症で、子癇(しかん)という危険な状態に陥っていました。
陣痛が始まっても全く意識がない状態で、祖母の話では産婆さんが馬乗りになって押して押して産ませてくださったそうです。
ひとりめに私が生まれました。安産で3300㌘あったそうです。
ふたりめの子が男の子でした。難産で仮死状態で生まれてきたそうで、産婆さんが逆さにして背中を叩いたとか、現在では考えられない蘇生法で助かりました。2700㌘だったそうで、ふたり合わせて6000㌘という重労働でした。
A子お母さんは出産から2日後に目が覚めたそうで、A夫お父さんが「双子だったぞ。男と女の」と声をかけた時、A子さんは「なんのこと?」と返事して、A夫さんはゾッとしたそうです。
子癇という状態は、母子ともに助からないこともあるそうです。
特に医療が進んでなかったあの当時によくぞ3人とも無事でいられたものだと、命がけで産んでくれた母に感謝しています。

そんなこんなで私は養女として、弟はそのまま、それぞれに成長し、結婚し、子どもをもうけ、その子らにも子ども達が生まれ・・・
A家B家、ともに親達は鬼籍に入り、だいぶ経ちましたが、彼らの命はひ孫達に受け継がれています。

たくさんの奇跡の連なりで生かされている幸せ。

私だけではありません。
どなたにも、たどってみたら沢山のご先祖様達がいらして、出会って、新たな命へとバトンを繋いでくださった。

最近、小林正観さんの影響や、たぶん年齢もあって、そんなことを考えるようになりました。
親達、ご先祖様達に感謝しています。

長い長い、時に重たい文面にお付き合いくださってありがとうございました🤗
書くまで勇気が要りましたが、どなたかのお役に立てていれば嬉しいです🤗

今日もあなたにとって良き日となりますように🤗🍀🌈









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