ども、ずーです。
生い立ちシリーズ6回目。
さて、高校を卒業して地元の会社に入社するも3年でリストラされてしまった私。
もう電話に出なくていいんだ、足に合わないパンプスも足が痒くなるストッキングも顔が重たくなる化粧もしなくていいんだ。とホッとしたんですが、さすがに両親もなく年金暮らしの祖父母のスネはかじれずすぐ働こうと就職活動します。
この頃、求人は新聞広告かハローワークでした。
で、私が選んだのはなぜか住宅設備の営業。
一番選んじゃいけないものを選んじゃいました。
住宅設備と言っても社長とその恋人?愛人?二人しかいない会社。
営業の経験なんてなかったし人になにかを勧めるなんて当時コミュ障の私には無理な話でした。
何故そこを選んだ?まだ建築に興味と未練があったのとコミュニケーションスキルを磨いたら電話も怖くなくなるかもって思ったのですが無理でした。
そこは1週間で辞め、次は会社の寮の食堂。朝食と夕食を準備して片づける仕事。献立は栄養士が考えてくれました。
この仕事はけっこう私に合っていたみたいです。
何しろ10歳のころから兄弟のごはん作ってましたから。
しかし、一生この仕事もないな。とも思いました。
上司は調理師免許を取れば仕事には困らないと言ってくれましたが、もう散々他人のご飯を作り続け毎日ここに通っても何も進展ないなと。
この寮、女子寮で男性との出会いもなく、男友達もいない同性の友達も恋愛 には奥手で紹介とかないだろうし結婚できないななんて思ってました。
同僚は母以上年上の方々だったし。
そして今度は家を出ようと都会の寮付の仕事を見つけます。
そこは和裁を教わりながら他人様の購入した着物を仕立ててお給料をもらうといういわゆる「丁稚奉公」。
着物好きでした。祖母が和裁のできる人で母が着付けのできる人だったので子供のころは良く着物を着せてもらってたんです。
で、卒業した高校の先生のつてをたどり入社?することが決まりました。
しかし、いろいろあってそこも3年で辞め、つぎは交通整理のガードマンをしました。そこは1年で辞めました。
和裁をしてた頃から彼氏ができて、26歳で結婚しました。なんとなく結婚したいと思っていた年齢で結婚できました。
こう並べてみると職を転々としてますね。しかもあまり人が好んでやらないものばかり。
でもね、最初の事務職より私には体を動かして何かを作ったりすること、そして毎日違う現場に行って知らない人達と仕事をすることはけっこう合っていたように思うんです。
営業は絶対私は向かないとわかりました。
今までやってきた料理でお給料がもらえました。
ひとつのものを最後まで作り上げることは自信がつきました。
ガードマンの仕事でコミュ障はかなり改善されました。
なに一つ失敗ではなく経験として今の私を構成しています。
「仕事が続かない何をやってもダメな私」とはならなかったんです。
全部逃げるように辞めた仕事ですが、それでも私を構成してるモノたち。
今では全部が役に立ってます。
それで充分。一つのことを続けるのはとてもすごいことだけど、そればかりが「正しい」わけじゃない。
「正しい」ことなんて人それぞれの価値観。そこは他人に押し付けるものでなくて自分で納得できれば良いんじゃないでしょうか?
物事を善悪、正誤で決めつけるから苦しくなるんです。
たぶん善悪、正誤で振り分けられることってごくわずか。
時代や状況によってはそれがひっくり返ることがよくあることです。
現代の平和な日本に住むことができてる私たちはどうしても善悪、正誤にとらわれてしまいがちです。
でも、少し考えてください。今あなたのしてるしようとしてることは完全に善悪正誤で振り分けられますか?
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