外見オンチアドバイザーの山中登志子です。
今夏、映画『顔を捨てた男』が公開されました。
整形手術で“新しい顔”を手に入れた男性が、自分と瓜2の顔を持つ男と出会い、奇妙な運命に巻き込まれていく物語です。
動画配信がされたとき、ご紹介できればと思います。
「顔をめぐる物語」にいつも何かの“気づき”をもらえます。
わたし自身の「原点となる映画」があります。
中学3年の体育祭の仮装競技
中学3年の体育祭で、各クラスが担任の先生を仮装させて披露する種目がありました。
女装、キャラクター、いろいろな姿に変身させる——昭和らしい、いまなら間違いなくSNSで炎上しそうな競技です。
隣のクラスは、英語教師を“エレファント・マン”に仮装させました。
目の穴だけをくり抜いた布をかぶせ、運動場を1周させます。
生徒たちはくすくす笑っていました。
その教師も「暑かったじゃないか〜」とその後の授業で笑っていました。
でもわたしは、胸の奥がずっとざわついていました。
まだ15歳で、言語化する力も、抗う勇気もなかったけれど、
「これは何か、おかしい」という強烈な違和感だけははっきり覚えています。
映画『エレファント・マン』との出会い
その後、映画『エレファント・マン』(デヴィッド・リンチ監督)を観ました。
病気(レックリングハウゼン病/神経線維腫症)によって容貌が大きく変化したジョン・メリック。彼が見世物小屋でさらされながら、必死に叫ぶあの言葉——
「ぼくは動物じゃない! ぼくは人間だ!」
体育祭でのあのシーンが、鮮明によみがえりました。
わたしが感じた違和感はこれだったんだ、と。
その数年後、「アクロメガリー」という病気になり、
自分自身の容貌が変化していきました。
だからこそ、
あの体育祭の出来事も、映画の叫びも、いまでも胸に深く残っています。
外見を笑うこと、からかうこと、軽い冗談のように扱うこと——
その1つひとつが、どれほど人を傷つけるのかを痛いほど知ったからです。
母校の講演会で伝えたこと
数年前、母校から講演会の講師に招かれました。
壇上に立ったとき、「いまこそ話すべきだ」と思いました。
あの違和感とともに、“外見を笑わない文化をつくるのは、今のあなたたちだよ”というメッセージとして、生徒たちに語りました。
あの日言えなかったことを、ようやく言葉にできた瞬間でした。
外見の問題は、誰の生涯にも影響します。
だからこそ、ていねいに、静かに、優しく向き合いたい——
その原点には、エレファント・マンの叫びと、15歳の自分が感じたあの違和感があります。(山中登志子)
▼ noteで実録エッセイ「53歳で美容師になった理由」連載中。
外見と人生の物語を、もう少し深く綴っています。