「ほめなきゃ」を見直してみる⑤(ほめテクニックいろいろ)

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 シリーズ5回目となりました。このシリーズは、子どもや部下を「ほめなきゃ」という考えにとらわれ、ほめられない自分はダメな親(教師/上司)だ、と苦しむ方の肩の荷が少しでも軽くなればという祈りとして書いています。

 今回は、ほめテクニックを扱った前回の続きとなります。とりわけ、「ほめるタイミング」の話をしたいと思います。
 それではさっそく本題に入りましょう。

ごほうびを与えるタイミングの基本(行動分析の考え方から)

 生物の進化のように、変化と適応の結果として、現在の心理療法は多様化しています。その川の源流に近いところ、そこには「行動分析」というものがあります。
 心の内面を言葉やイメージからアプローチしようとする精神分析(フロイトやユング)とは異なり、目に見える「行動」を治療の中心に据えようという試みです。(※研究者ではないので、学術的な厳密性は欠けると思いますがご容赦ください。)

 基本的な理屈は次のとおり比較的単純です。

 ・増やしたい行動|ごほうびを与える or 不快感を取り除く
 ・減らしたい行動| 不快感を与える or ごほうびを取り除く

 ごほうびとはモノだけでなく、本シリーズのテーマである「ほめる」も立派なごほうびの一つです。やってみると、どんなごほうびを選ぶのがいいか、そもそもどの行動に注目すべきか、といったあたりに奥深さを感じる技法です。

 ところで、「不快感」というのがわかりにくいかもしれません。不快感とは、要するに罰のことで、体罰やご飯抜き(「ごほうびを取り除く」に近い)のように現代日本では認められていないものもあります。
 完全NGの罰、「叱る」のように適量ならばOKな罰のように、さじ加減が難しく語るべきことが多くなるので、ここでは「ごほうびを与える」に絞って扱います。

 行動分析は、条件づけという生物の性質を活用しているのですが、条件づけの発見以降、研究者たちは、ごほうびを与えるタイミングについても検証しています。その一つ一つを説明するのは手に余りますが、私なりに抜粋してお届けします。

1. 「すぐに」ほめる
 すぐにほめるか、しばらく経ってからほめるか。基本的には、すぐにほめるほうが効果が高いです。これはみなさんの直感にも合うのではないでしょうか。特に発達途上にある子どもは、時間が経つと自分の行動を忘れやすいので、すかさずほめられるに越したことはありません。

2. 「毎回/定期的に」ほめる
 毎回、あるいは、2回に1回など決まった頻度でほめる。とりわけ、新しく行動を覚える際には、毎回ほめたほうが、子どもはその行動をしたくなります。
 例えば、子どもが手を洗ったら毎回のように「きれいになったね、気持ちいいね」とほめていると、手洗いしたくなるかもしれません。

 ところが、ごほうびは乱発すると効果が軽減することが知られています。ごほうびの魅力が低下するからだと思われます。
 また、ここまで小さな子どもを例に挙げてきましたが、思春期くらいの子どもを想像したとき、些細なことでほめすぎると「子ども扱いされた」と感じることもあります。上司・部下の関係でも同様です。

 そこで、次の「たまに」ほめる、が効果を発揮します。

3. 「たまに」ほめる
 頻度は定めず、ランダムにほめることです。実は行動の定着のために最も効果的(強烈)なごほうびの与え方です。
 実社会では、「前回いつほめたか」なんてことは把握していられないので、「忘れたころに」くらいの頻度でほめることになるかと思います。

 ギャンブルにおける”当たり”を考えてみましょう。例えば、パチンコ。全然当たらない。当たらない。当たらない……。諦めようと席を立とうとしたそのとき、大当たり(ごほうび)。そして、いつ来るかわからない”次”を期待してやめられなくなる。

 ゲームアプリのガチャやカードゲームでも同じように、SS級のキャラクターを引くというたまにしか起きないごほうび。やがて抜け出せなくなる課金沼。

 もちろん、ごほうびの内容がギャンブラーやユーザーにとって魅力的だからという面はあると思いますが、”当たり”のランダム性が中毒性を生んでいるという側面もあります。

 このように、頻度を定めずランダムにごほうびが与えられることは、良くも悪くも行動の定着(習慣化)に利用されています。

結局どれがいいの?
 頻度のおすすめは、「毎回→徐々に回数を減らす→ランダム」。
 これによって、ごほうびの魅力が低下してしまうことを避けられると考えられるからです。
 一方で、以前「評価系ほめ言葉」と「喜び系ほめ言葉」という話をしましたが、前者(例えば、「上手い」「頭いい」)に比べ、後者(例えば、「嬉しい」「ありがとう」)は、ごほうびの魅力の低下が起きにくいかもしれません。
 これは何の研究にも基づかない私個人の経験に基づく意見にすぎませんが、人に「嬉しい」「ありがとう」と何度言われても、その時に感じる嬉しさは低下しないように思うのです。
 ただ、普段厳しい上司に不意にほめられると舞い上がるような気持ちになるということもあるので、やはり「ランダム」の効果は絶大です。 

間接ほめは、ひと味違った効果がある

 特に、思春期の子どもと親のように、直接ほめられることに抵抗感がある関係性では、間接的にほめるという方法が功を奏することがあります。

 「ほめる」という行為は、違う見方をすれば距離をグッと近づける行為でもあります。「うまくほめられない」という方の中には、人と距離を縮めることに抵抗感がある方もいるかもしれません。車間距離と同じで、ほどよい距離感というのは人によってさまざまですから。

 思春期は、いったん親と距離を取り、自分と自分を取り巻く世界を再構築する時期でもあります。そういう時期に距離を詰められると拒否をしたくなります。だから、ほめられることに対しても、悪気なくイライラしてしまう。
 多くの方が抱く典型的な思春期のイメージとは、そういう時期ではないでしょうか。もちろん違う親子関係もたくさん存在しますが。

 そのような、デリケートな関係性の場合、「間接的にほめる」というのが使えます。例えば、次のようなものです。

・母の思いを父から聞かされる。「母さん、お前に感謝してたよ」
・父の思いを教師から聞かされる。「お父さん、喜んでたよ」
・教師の思いをきょうだいに聞かされる。「先生、めっちゃ嬉しそうだったよ」
・課長の思いを先輩に聞かされる。「課長がほめてたよ」

 いかがでしょう。何だかじんわりと嬉しくなるようなほめ方です。もはやデリケートな関係であろうとなかろうと効果絶大です。

まとめ

 今日は、ほめるタイミングと間接ほめについて話してきました。いかがでしたでしょうか。間接ほめがいいなと思われた方もいらっしゃるかもしれません。その方に補足でお伝えしたいことが二つあります。

 一つ目は、間接ほめはチームプレーであるということです。夫婦、家族、親と教師、仕事仲間。彼らとのコミュニケーションがあってこそ成り立つものだということ。日頃からあなたの思いを伝えておく必要があるということです。

 二つ目は、「その思いは届かないかもしれない」ということです。あなたがほめたいと感じたとして、それを誰かが届けてくれるか保証はありません。あるいは、伝言ゲームのように、多少歪んで伝わってしまう場合もあります。
 というと、少し寂しい気がしますが。そのことを受け入れられるか、ということは重要です。

 もちろん、作為的に「私がほめてたって言っておいて」とお願いするようなこともできなくはありませんが、私はお勧めしません。
 それが発覚したらいかにも信頼を損ねそうなことですし、届かなかった時に心の何処かで、だれかのせいにしてしまうかもしれないからです。届けてくれなかっただれか、受け取らなかっただれかの——。

 次回はいよいよシリーズ最終回です。知識やスキルに関する話をしてきましたので、最後は、今話した「届かないかもしれない」も含め、心の構え(マインドセット)について考えたいと思います。それでは、また。
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