私にはいわゆる「実家」がもうありません。
母が他界してから早8年。
帰れる場所はありません。
元々母とは折り合いが悪い、というか
何かにつけぶつかりあっていて昔から
実家はホッとする場所ではありませんでした。
そして幼少期から引っ越しを何回もしたので
地元がどこか、と言われてもピンときません。
離婚をした母に連れられて行った最終的な地、
母の地元では壮絶なイジメや嫌な思い出が多く
私にはそこが地元だとは今でも思えないのです。
ホッとでき帰れる場所、ってすごく大切で
安心感があってリラックスできたり、言いたいこと言いあえたり
どんな自分でも受け入れてくれる場所じゃないか、と
私は感じるのです。
子どものころから欲しかったそんな場所を自分が作るために
私も離婚してワンオペになった時
自分の息子たちの友達も自分の子供のように受け入れました。
息子たちがやっていたスポーツの仲間たちを
狭い家だけど6,7人泊まらせては
同じ釜の飯、じゃないけど
大量のご飯を一緒に食べさせ宿題を一緒にさせたり
思い切り遊ばせたり一緒に大笑いしていました。
我が家ルールを決め、来た子たちには
・家に来た時は「ただいま」という
・帰るときは「いってきます」という
・食事の配膳を手伝う
・食べた食器は各自自分で洗う
・ゴミは片付ける
・○○ママでなく友ちゃんと呼べ ←強引
いい行いをした時には褒め
目に余る行動の時はとっつかまえてイジる
やっていることはまるで合宿所のおばちゃん状態です。
だけど彼らがいつでも「ただいまー」と家に来てくれると
私はとても幸せを感じていました。
中学、高校くらいになると
「親には相談できないから友ちゃん聞いてよ」と言って
わたしにはこっそり相談してくれたりして
よく思春期男子たちの相談に乗っていました。
絶対に家に友達を呼ぶな、というルールにしている
お宅もありましたので我が家はいっつも男子で溢れかえっていました(笑)
「なんかゆうちゃんちってホッとするんだよ」
「帰ってきていい場所って感じ」
そう言ってくれた男子たちの言葉が
とっても嬉しく今でも脳裏に焼き付いています。
わたしが望んでいるのは
「帰れる場所」
私がほしかったものです。
だから自分でも作り出していきたいと思っています。
普段は気づかなくても誰かから
「おかえりなさい」
「いってらっしゃい」
その言葉をもらえることはとても貴重な事です。
ホッとできる安心安全な場
いつだって帰ってきていいんだと思える場
それを今後も大事にしていきたいと思っています
みなさんもホッとしたいときがあれば
ぜひ友麻の相談室で一息ついて下さいね♡