愛という鏡をのぞきこんで自分の姿を見るまでは
人は自分の価値にまるで気付いていないかのように見えます。
私たちは他人という「写し鏡」を通して初めて
自分の姿をみることができます。
人から愛情を持って「見られる」時、私たちは自分の良さに気付くのです。
そうして自分のことがもっとよくわかり
自分のことを愛せるようになるのです。
愛とは自分を抱きしめるように相手を抱擁する態度です。
愛は認め、いたわり、支えることです。
本当に愛情を感じている時は、愛する者のためになろうとする
無私の欲求も出てくるはずです。
愛を通して私たちは自分自身や他人との絆を感じます。
愛されているとき「本当の自分」がわかってきます。
愛されているとき「自分には価値があり今の自分で十分」であると感じます。
愛されているという実感があれば
ありのままの自分でいることもたやすくなるのです。
目の前にいる人も同様でしょう。
思い出してみてください。
私たちはみな生まれてくるときに
両親や会う人すべてに愛というプレゼントを
周りに与えながらこの世に出てくるのです。
幼いころの私たちは人々の良いところや善しか目に入りません。
彼らを自分が愛を与えるに値する素晴らしい人だと信じ切っているのです。
そして周りに自然に与えている愛が自分の身に返ってくると
そこで初めて私たちは自分自身を愛せるようになったりします。
もし愛情を返してもらえないと私たちは自分のある面が嫌いになったり
それと「縁を切ったり」します。
両親から愛され受け入れられようと必死になったり
自分を否定したり変えてしまったりします。
一度自分の一部と縁を切ってしまうと
相手からの愛情も素直に受け入れられなくなってしまうのです。
人を愛するとは相手の良さも悪さも認めること。
私たちは愛することで相手の隠れた「良さ」を目覚めさせます。
目の前にいる人(愛)は自分を写し出す鏡
いい部分も、よくない部分もすべてひっくるめて一人の人間です。
「愛」という鏡をのぞきこんで自分の姿を見ると
今まで愛せなかった自分がなんだか少し、愛おしく感じるかもしれません。
そう、弱くても情けなくても感情的になって涙が出ても
それで、いい
それが、いい
ありのままで愛すべき、愛おしい存在です。