20代は散々海外経験をする自分も18歳まで海外に行ったことはなかった。
だから憧れや衝動も高まって、感動も過去イチだった事は言うまでもない。
海外ならどこでも良かったが、最初の国を選んだ理由は少し真面目だった。
大学に入って知ったアメリカ文学の現場に行ってみたいという思いだった。
それはビートニクという文学運動だった。やっぱり真面目ではなかったかも。
特に60年代という背景もあったが、日本文学とは全く異なるテンションに
日本語では翻訳しきれない何かを求めて現地に行きたくなったのだった。
だからカリフォルニア・サンフランシスコ・バークレーは聖地だった。
その土地に着いてから身体は軽くなり、重力から自由な感覚だった。
この感覚は他にも経験したことがあるのだが、そこはモントリオール。
その話は改めてしたいが、その感覚を信じて1年住んで大正解だった。
バークレーは大学だけでなく、街のすべての人の行為が権威から自由で
そこに色々な知性や経験が詰まっている印象だった。
2024年の今は経済的にも同じ様相でないのかもしれないけれど
その当時はヒッピームーブメントの残り香がするヒップな場所だった。
その後に訪れたのはラスベガスのあるネバダ州の小さな街、リノ。
バーニングマンの中継地点だったり、ここには注目は集まらないけど
自分はこの街が可愛くて好きだった。把握できるサイズ感も良かった。
大学生のシェアハウスに居候して彼らの飲み会に参加した。
同じ大学生とは思えないほど彼らの遊びは進んでいた印象だったが
小さな田舎の街に収まるくらいのスケールだったのも良かった。
どんなにお酒を飲んでも爽やかな風が吹けば癒される快適さ。
そんな街の後に訪れたのは、ソルトレイク。
オリンピックのイメージしかなかったけど
今となっては今となってはモルモン教しかない。
日本でいう奈良の天理が近いのかな、禁欲的なキリスト教の街だった。
でもそれはそれでクリーンな街で教義が欲になるような真面目な感性だった。
その後に訪れたのはラスベガス。アメリカってコントラストが凄い。
ホテルで3万円のコース料理を食べた。毎食異なるお酒が出されて
美味しい日本酒を始めて飲んだのもここラスベガスだった。
砂漠の真ん中に人の欲望を集めた(そしてそれは前のユタ州とは全く異なる)
ハリボテの一夜限りのテーマパークを皆で演じる、今でもそんな思い出だ。
裏路地を歩いて地元の人が行くパブに入って
自分でも必死にバランスを取っていた気がする。
ここから旅を始めたLAも再び帰って来た時にはまた異なって見えた。
ビバリーヒルズの華やかさから数キロでダウンタウンの陰があることや
お金で娯楽や文化を謳歌しつつ、海や自然も近くにあるコントラストに
この都市のスケールの大きさを感じた。
電車の中で話しかけて来た物乞いが
自分の目玉をくり抜いて手のひらの上でに転がして
逆の手でお金を要求してきたのにはびっくりした。