最近思うのです。

最近思うのです。

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コラム
私は過去に、
とても大切な人に強い言葉を
ぶつけてしまったことがあります。


その時は、
自分でも抑えられないほど怒って。


重なる噓を裏切りだと受け、
許せなかった。

苦しかった。

悲しかった。

どうしてなんだようって。


そんな思いでいっぱいでした。

心が悲鳴をあげていました。


分かってほしかっただけ、
そう願っていただけだったのに。


けれど、
その気持ちをうまく言葉にできませんでした。


怒りの言葉を選んでしまった。


強い言葉なら届くと思ったのかもしれません。


でも、今は思うのです。


怒りは感情の終着点ではなく、
入口なのかもしれない。


怒りの奥には、
悲しみがあったり、
寂しさがあったり、
傷ついた心があったり、
ただただ分かってほしいという願いがあったり。



人の心は不思議です。


悲しいと言えない時、
寂しいと言えない時、
苦しいと言えない時、
負の感情の時、
その気持ちは時々、
怒りの顔をして現れます。


相手の怒りも。

自分の怒りも。



でも本当に見つめたいのは、
その奥にある気持ちなのかもしれません。



私はそれに気づくのが遅かった。



だから、
とてもとても大切な人を失ってしまった。

もう会えません。

一生会うことができません。


お互いを許すことも、
許されることもできません。


もしあの時の私が、
その気持ちをもう少しやわらかい言葉で
伝えられていたら。



そんなことを考える日があります。


過去をやり直すことはできません。


言葉は大切です。


大切に扱わなくてはいけません。



そして言葉以上に、
その奥にある気持ちも大切だということです。



誰かと向き合う時も。

自分自身と向き合う時も。


怒りの顔をした悲しみに、
そっと気づいてあげられたら。


私たちはもう少しだけ、
やさしい言葉で生きていけるのかもしれません。



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