「気を遣える人になりたい」
そう思っていた時期がある。
相手が嫌な気持ちにならないように。
空気が悪くならないように。
ちゃんと感じの良い人でいられるように。
その場が楽しくなるように。
でも、ある時から少しだけ違和感が出てきた。
気を遣っているつもりなのに、
なぜかすごく疲れる。
相手の反応が気になる。
嫌われていないか気になる。
変な空気になっていないか気になる。
その時、ふと思った。
それは“気遣い”ではなく、
“気にしている”状態だったのかもしれない、と。
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気遣いは、相手に向いている。
「どうしたら心地よいかな」
「どう伝えたら届きやすいかな」
そこには、
相手を思う視点がある。
でも、“気にする”は、
意識が自分に向きやすい。
嫌われたくない。
変に思われたくない。
ちゃんとして見られたい。
もちろん、
そう思うこと自体が悪いわけじゃない。
人と関わる以上、
誰だって少しは気になる。
ただ、
“気にする”が強くなりすぎると、
自分の余白がなくなっていく。
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気遣いには、余白がある。
だから、
自然な優しさになる。
でも、
気にしている時は、
余裕がなくなる。
相手を見るより、
「大丈夫かな、私」が増えていく。
すると、
言葉も、表情も、空気も、
少しずつ固くなる。
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だから
「ちゃんと気を遣わなきゃ」よりも、
“自分の空気を整えてから関わる”
を大切にしている。
呼吸を整える。
少し座り直す。
言葉を急ぎすぎない。
そうやって、
まず自分の余白を戻していく。
すると不思議と、
相手との空気も少しずつ整っていく。
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気遣いは、
関係を整える。
でも、
気にしすぎると、
自分を消耗させてしまう。
その違いに気づけるだけで、
人との関わり方は少しずつ変わっていくのかもしれない。
.LLER. Relationship Design 🌿