終わりは、常に始まりのときでもある。

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始まりがあり、終りがある。

終りがあり、始まりがある。
これはヒトの世でも耳にするモノが
多い言葉かもしれません。
まあ、どこで耳にするかは別として、
物事の巡りをよく言い表した言霊です。

さて、今回は始まりと終わり、終わりと始まり。
そして、後日譚までのお話をしましょう。

始まりと終わり。

常に物事は、何かが始めることで動き出し、
過程をへて、何らかの結果が見えて終わりとされます。
このあたりは物語を楽しむモノなら身近なモノかもしれませんね。

一つの物語が始まり、結果を視て終わりとする。
その先が続く続かないにかかわらず、
物語を視ている側からすると、そこが終わりであり、
その先を気にすることはありません。

ただ、基本的に命というのはそう簡単には終わらないもので、
たとえ一つの結果という終わりを視たとしても、
次の始まりがあることが多いです。

終りがあり、始まりがある。

一つの事に関して結果が出て、
一つの終わりを視たとしても、
基本的に命は続いてゆきます。

それこそ、現世で肉体を失ったところで
命というものは続いてゆくのですから、
ものすごく強いとも言えます。

ものすごく難しいお話を省いてから命について
お話すると、命または魂というのは、
実のところその存在自体が永遠を得ています。

肉体は有限ですが、命に限って言えば
現世に生きる全てのモノは、
巡りという大きな循環の中を永遠に
巡り続けているのです。

一部、私のように色々と気づいて
外れるモノもいますが、
それは良い意味で外れているので、
ある種の選んだ結果でもあるのです。

まあ、別の形で外れる場合もありますが、
それはあえて触れずとも分かるモノには
分かるでしょう。

そして、たとえ終わりの後始まりがないとしても
命は続くのです。

後日譚。

命はどうあれ巡り続けます、
それこそ、星でさえも規模が違いますが、
その命を燃やして、巡り続けているのです。

今日は何故こんな話をしているのか
気になるモノもいるでしょう。
簡単に伝えるなら、別の世界の私から、
終わりについて話しておくように伝えられたからです。
神様たちの助言もありますがね。

その世界はヒトとヒトの争いが激化した結果、

あらゆる理(ことわり)が崩壊して終わりをむかえました。
ただ、その後の世界でもヒトは生きていました。

寒さに震える夜が永遠と続く世界で、
それでも温かな鍋物などを囲みながら、
終わった後の世界でも生きていたのです。

その世界の私は、自身の終わりを感じ取っていました。
崩壊してゆく日常と、動かなくなってゆく肉体を
武具を手にしながらも、ヒトという命のために、
終わるその瞬間まで生きていたのです。

そして、その世界の私の終わりは
理の崩壊と言う結果で終わりました。
理が崩壊した場所でヒトは生きて行けませんでした。
その世界の私は、そうして肉体を失いました。

そのあと、私は伝えるようにだけ任されて、
いつものように夢を使った修行から戻りました。
あの私がいた世界がその後どうなったのかは、
私には分かりませんが。

とりあえず、伝えてほしいと言われたので、
伝えておくことに意味があると思っています。

さて、今回のお話はこのあたりにしましょう。

最初の方は貴方様がナニカに気づく切掛けや、
学びになる可能性はありますが。

後者のお話は、少々難しい内容なので、
分かるモノ、分からないモノが極端に
分かれると思います。

どうあれ、私は今回も貴方様のゆく道が良いものであり、
幸せであるように、今回も祈ります。
では、またナニカお話ができそうな時にお会いしましょう。🐺🐉⛩️🦊☀️

2024年9月1日神格絵巻・真打ち.jpg


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