「好きな事を仕事にして自分も楽しく過ごし、周りにも喜んで頂く」
長い間、それが私の願いでした。
ですがなかなかうまく行かず、諦めて別の道に進んだり、またそこで壁にぶつかって悩んだりの人生でした。
生きていると、努力だけではうまく行かない事もあります。
あれもダメ、これもダメで、じゅあ何なら出来るの?と自分自身に怒り無力感にさいなまれ、いつの間にかやりたい事ではなくやれる事だけやって過ごしている自分がいました。
私それでいいんだろうか?
こんな人生でいいんだろうか?
ミドルエイジクライシス…
瞑想は若い頃から行っていましたが仕事や生活の変化で時間が取れず、正直行っていなかった時期もあります。
ですがやり始めるとやらない方がキモチ悪く、やると体調もメンタルも整うのが分かります。
瞑想をしてない方に瞑想中の意識状態をお伝えするのは少し難しいかもしれません。
瞑想と言っても意識の状態はその時その時で様々で、雑念だらけの時もあれば安らぎに満ちている時もあります。
様々な理由で変化します。
最近はマハトマエネルギーを降ろし、それから動画サイトの音声を流しながらイーシャ•クリヤを行うのがお気に入りです。
その前にセルフワークも行っているのですが、ある日私は「人生を自分の望み通りにしたい、と言う気持ちを手放す」というエネルギーワークをしました。
望んでもあまりに叶わな過ぎて、心がつら過ぎてしまったのです。
エネルギーワークや瞑想は寝る前に行っています。
翌朝、いつものライスワーク(食べてく為の仕事)に向かう為、自転車に乗って走り出した私はふと気が付きました。
…あれ?
何だか今日は町が妙に静かだな?
人が少ないから?
違う、何だろう?
あ、空
何だか今日の空は夏が終わって秋になろうとしている時みたいな、ふっと力の抜けた空だ…
…や、それもあるけれど
違う。
私の感じ方が違ってるんだ
前の晩のセルフワークで、自分の人生を自分の希望通りにしたい、という強い気持ちを手放したからでした。
私は内観してみました。
問題を解決した、癒した、というより
そこから突き抜けた感じ
自分はもうそこ(悩んでいたステージ)にはいない
マインドが静かでとてもクリア
落ち着きとゆったり感
焦りがない 急いでない
静かに満ちている至福
その心地よさにいつまでも浸っていられる
ひと呼吸 ひと呼吸 その味わい
もう何かを必死に追い求める必要もない
どこまでも澄み切った青空を
ただ無心でいつまでも眺めているかのように
思考は浮かんでも
あの雲のように遠く
ゆっくりと流れては消えて行く
そうか
私がずっと求めていたのは
これだったんだ
そうか
そうか
そうだったんだ…
胸の内にさざ波のように広がる
至福の波
私が本当に本当に望んでいたのは、外側のカタチではなく自分の内側から溢れてくるこの静かに満ち足りた至福感でした。
私はただ、これを感じながら生きて行きたかったのだ。
「好きな事を仕事にしたい」という執着を手放したからこそ分かったことでした。
何をしようとしていまいと、この内側の感覚が大事。
突然ですが「命」とは、何でしょう?
ホメオパシー(同種療法)では、流れだと定義しているそうです。
命は、流れ
その流れを遮るものがあるとそれが病気を形作り、それをなくしてあげれば本来の流れに戻って健康を取り戻す、と言う考え方の療法なのだそうです。
私達の意識の中でも、強過ぎるこだわりや思いは流れを遮ってしまうものになってしまう事があるのかもしれません。
毎日仕事や日常の雑事に意識を向けていると、いつの間にかこの「至福」をすっかり忘れてしまいそうになりますが、毎晩の瞑想で再接続しています。
未だ雑念が多く湧いて来ることもありますが、それでもこの至福はどこかへ消えてしまった訳ではなく、いつでも静かにそこここに「在る」ことが分かっているので、不安になることもなく日々瞑想を積み重ねています。