幸せを呼ぶ占い師 鈴音 と申します
皆さんは、初めて占いをしてもらった時のことを覚えていますか。
雑誌やテレビの占いコーナーでなく、個人的な占い時のことです。占いが好きな友達がおられたら、お友達に占ってもらうかもしれませんね。
私の場合は24歳の誕生日、商店街のアーケードにいつもおられる易者さんに見てもらったのが、自分の意志でお金を支払った最初の占いです。
私は商店街の中にある大きな店で働いていました。私は独身で一人暮らしをしていました。そして、誕生日だからといって祝ってくれる人がいるわけでなく、それを苦にしているわけでもありませんでした。いつものように仕事をして、いつものように帰る、そんな一日になるはずでした
日の暮れた商店街をバス停まで歩いて抜ける途中、それまで占ってもらおうなどと思いもしなかったのに、易者さんの前に立ったのは、なぜだったのでしょうか。
倹約家の私は財布の中のお金を心の中で確認して、「誕生日なんです。占ってもらえますか」と丸椅子に座りました。中年の男の占い師がにやりと笑うと前歯に金色の歯がみえました。
紙に名前と生年月日を描くようにと、彼は言いました。性格や仕事のことなど鑑定するたびに「違う?違わん?」と上目遣いに私を見て、当たっているか確認しました。
結婚について尋ねると、手のひらを見せるようにと言い、私の手を隅々まで撫でさするようにしました。気持ち悪くなって、早く終わればいいのに、と私は半分お尻を浮かせかけていました。
「親が持ってきた縁談を受けたほうがいい。いい人と結婚できるよ」
それまでニヤニヤしていた彼が、最後にはっきりと言いました。お礼を言って見料を支払い、帰途につきました。
当時は今より結婚に対する世間の圧が強く、田舎には明治生まれの祖父、大正生まれの祖母がいて、両親も私が片付かないと長男である弟に嫁が来ない、と言っていました。これは私の家族が特別だったわけでなく、時代がそうだったのです。
私はその数か月後、従妹の結婚式に出席しました。従妹の花嫁姿はとても綺麗で、一緒に参列していた両親に「お姉さんがうらやましいわ、私にもいい人が現れないかしら」というようなことをポロリと漏らしました。それまで結婚に消極的だった私が言った言葉を、母は聞き逃しませんでした。
それから母の行動力が発揮され、あっという間にお見合いがセットされました。私はそこで夫と出会い、25歳の誕生日には寿退社(死語)をしたのです。
結果的に、あの占いは当たりました。楽な人生ではありませんが幸せな人生を送っています。
もしかしたら私は占いの言葉に引っ張られて結婚を決めたのかもしれない、と思います。
だとしたら、24歳の誕生日に、それまで占ってもらおうと思ってもいなかったのに、あの易者さんの前に立ったことこそが運命だったのかもしれません。