エロが消費される社会

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このツイートを見て、自分の考えをまとめてみようと思います。

「エロが売れる」という事実が、昔から好きじゃなかった。でも最近、その違和感の正体がようやく言語化できてきた気がする。

知らない男性に付き纏われたこともある。キャミソール一枚で歩けばジロジロ見られる。職場では愛想やケアを暗黙に求められる。こういった経験は、私個人の不運じゃない。性搾取的なコンテンツは特別な世界の話として切り離されているように見える。でも実際には逆なんじゃないか。その切り離しが、日常における女性への扱いを正当化する装置として機能している。職場での愛想、街での視線、風俗... 地続きなのは偶然じゃない。

風俗で働く女性を否定しているのではない。問題にしたいのは、女性を消費できるものとして扱う認知の歪みだ。やりきれなさや孤独を、断れない状況にいる人間に向ける構造。本来それを受け止めるべきは、福祉であるべきだよね。性産業が必要悪として機能している裏側には、福祉の空白がある。

何が一番厄介なのか... 無自覚の、未熟な加害性だと思う。悪意がある人間はまだ輪郭が見える。普通の顔をして日常にいる人間が、自分の欲や劣等感を他者で満たそうとしていることに気づいてすらいない。劣等感を抱えること自体は悪くない。問題は、それを断れない誰かで穴埋めしようとすることだと思う。

以前、🇬🇧人男性と話した時、「日本って性搾取的なコンテンツが溢れていて、男目線でも普通にキモい」とはっきり言っていたことを思い出した。性搾取が風景に溶け込んだ社会で、その違和感を男性側から言葉にしてくれることには意味があると思った。

そんなこと言ったって無駄。社会が劇的に変わるわけないじゃんって思うかもしれない。でも、違和感を気のせいにしないことには意味がある。わからないままでも言語化し続けること。それが、私にできる抵抗だと思っている。
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