人生において、どうしても許せない相手に出会うことがあります。理不尽な仕打ちを受ければ、誰しも「自分の手で報いを受けさせたい」と強く願うものです。
しかし、老子の教えや古くからの智慧は、そこで「自分で手を下してはいけない」と説いています。
裁きの代行は「大火傷」のもと
老子は、死罪を司る大きな力が天にあると説いています。
本来、天が成すべき「裁き」を、人間が自分の感情で代行しようとすれば、自分自身も深い傷を負う(大火傷を負う)ことになります。
負の感情に飲まれて行動すれば、自分も同じ土俵に引きずり込まれ、大切なエネルギーを浪費してしまいます。だからこそ、相手とは「一定の距離を置くこと」が、自分を守るための最善の処方箋となるのです。
「天網恢々(てんもうかいかい)粗にして漏らさず」
東洋には「天網恢々 粗にして漏らさず」という言葉があります。
天が張り巡らせた網は、目は粗く見えても、決して悪人を逃すことはない。つまり、天はすべてを見ており、相手には必ず「ふさわしいタイミング」で報いが訪れるようになっています。
これを現代では「カルマの法則」と呼ぶのかもしれません。
あなたが手を下さずとも、その人の行為の結果は、その人自身の人生のどこかで必ず芽吹くのです。
上級者のメソッド:「相手の幸せ」を祈る
さらに一歩進んだ「人生の上級者」は、許せない相手に対して「あえて相手の幸せを祈る」という驚くべき実践をします。
「あんな奴、いなくなればいい」と願うのではなく、その人の幸せを祈る。
すると不思議なことに、相手が目の前から自然と立ち去っていく現象が起こり始めます。
【ある実例】
私の知人は、会社の上司から執拗ないじめを受けていました。しかし、彼はその怒りをぶつける代わりに、上司の幸せを祈り続けました。
すると間もなく、その上司の経歴詐称が発覚し、懲戒解雇という形で目の前から姿を消したのです。
まさに、天がその様子を見届け、カルマが動いた一例と言えるでしょう。
自分のやるべきことに向き合う
相手を裁こうとする時間は、あなたの貴重な人生を削る時間です。
「裁きは天に任せる」と決めてしまえば、心に余白が生まれます。
その余白を、「自分のやるべきこと」「自分が幸せになること」のために使ってください。
あなたが自分自身の純粋な道に向き合って生きる時、不要な縁は自然と淘汰され、本来の安らかな人生が開けていきます。