青の教室 陽子 第23話/4月10日 ――根の声――

記事
学び
第23話/4月10日
――根の声――

授業が終わった青の教室は、
 子どもたちの声の余韻だけが
 ゆっくりと空気に溶けていた。

 陽斗の笑い声、
 ひかりの「またね」、
 さとるの「先生、明日これやるよ」。

そのすべてが遠ざかり、
 教室は静けさを取り戻す。

陽子は、
 今日は少し疲れた顔で帰っていった。
 でも、その足取りには
 昨日よりも深いものもまたあった。

(陽子は、
 今日も自分の中を歩いていた)

友彦は、
 そう感じていた。


***

片づけを終えたころ、
 友彦は美咲に電話をかけた。

呼び出し音のあと、
 美咲の声が聞こえた。

「もしもし……」

その声には、
 落ち着きと、
 その奥にある小さな揺れが混じっている。


***

「お母さん、
 お感じになられているように、
 陽子さんは少し変わり始めています。」

美咲は、
 少し息をのむようにして
 「……はい」と答えた。

「そこに、
 陽子さんの“根っこ”があるのが見えます。」

美咲は黙って聞いている。
 その沈黙は、
 “受け取ろうとしている沈黙”だった。

「お家でのお勉強は、
 とってつけたようには始まりません。
 今の陽子さんの延長上に、
 根っことつながって出てきます。」

美咲の呼吸が、
 少しだけ変わった。

「だから、
 “やらせよう”とか“まだだめだ”とか
 そう考えるのではなくて、
 陽子さんの今の心の中にある
 ほんわかりんとした温かな部分に
 そっと寄り添ってあげてください。」

電話の向こうで、
 美咲は小さく息をついた。

「……難しいですね。
 でも、わかります。
 わかるんですけど……」

その声には、
 “理解と体現のあいだの距離”があった。
 友彦は、その距離を責めない。
 むしろ、その正直さを大切に思った。

「お母さん。
 方向は間違っていません。
 なぜなら、
 陽子さんの羅針盤が向いている方向へ
 全部の流れが進んでいるからです。」

美咲は、
 その言葉をゆっくり受け取った。

「……ありがとうございます。
 少し、胸が軽くなりました。」

その声は、
 揺れながらも、
 確かに前へ進んでいた。


***

電話を切ったあと、
 友彦は窓の外を見上げた。

春の夜の光は弱い。
 でも、確かにそこにある。

(子どもは、
 特に思春期の子どもは、
 いったん自分の内側へ深く潜る。
 そうすることなしには、
 広い場所へは出られない)

でも言葉で陽子に伝えることをしない。
 言葉にした瞬間、
 陽子の静けさを壊してしまうから。

友彦は、
 胸の奥でははっきりと感じていた。

(外の広さへは、
 自分の場所を通ってしか行けない。
 陽子は今、
 その“自分”を歩き始めている)

その歩みは、
 まだ土の中にある芽のように静かだ。
 けれど、確かに動いている。

青の光が、
 一人一人を照らし、
 一人一人を自分の世界へ導いている。

その光が、
 陽子にもちゃんと届いている。

そのことが、
 嬉しくて、
 嬉しくて仕方がなかった。

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