青の教室 陽子 第19話/4月6日 ――小さな一回り――
記事
学び
第19話/4月6日
――小さな一回り――
午後の青の教室は、
いつものように静かだった。
けれど、陽子の足取りは、
ほんの少しだけ軽かった。
本人は気づかない。
でも、それまでとは違う“立ち方”がそこにあった。
机につくと、友彦が言った。
「陽子、今日はね、
青の教室のお話を読むことから始めようか。
ホームページ、開ける?」
陽子は少し驚いたようにまばたきをしたが、
タブレットを取り出し、
自分でページを探し始めた。
『青の教室/陽子』
自分の名前がついた物語を、
陽子は静かに読み進める。
胸の奥が開いていく。
読み終えると、
陽子はそっと息をついた。
友彦は何も言わない。
ただ、陽子の横顔を見守っている。
***
陽子は自分で課題表を開いた。
地理/1ページだけ
歴史/中大兄皇子だけ
理科/凸レンズだけ
昨夜、美咲が小分けにして作った課題表。
その紙を、陽子は自分の手でまっすぐに整えた。
「……理科、からにしよう」
小さな声でそう言って、
理科のページを開く。
ざわつきが来た。
一つずつ。一つずつ。
陽子はおまじないみたいにつぶやいた。
でも、凸レンズの図を見つめる目は、
いままでよりも落ち着いていた。
陽子は自分でノートを開き、
“自分勉強”に切り替えた。
友彦は何も言わない。
陽子の“自分で選ぶ”という動きを壊さずに
静かに見守っている。
***
そのとき、
教室のドアがそっと開いた。
すみれとほのかが、
夕刻の光を背にして入ってきた。
二人は軽く会釈をして、
それぞれの席へ向かう。
陽子は一瞬だけ顔を上げたが、
すぐにノートへ視線を戻した。
教室の空気が、
少しだけにぎやかになった。
***
しばらくすると、
陽子はペンを置き、
ふう、と息をこぼした。
陽子は、
いつの間にか
スケッチブックを取り出していた。
女の子の絵を描き始める。
昨日よりも線がやわらかい。
描き終えると、
陽子はその横に
小さく「ユイ」と書いた。
自分でも気づかないまま、
自然に出てきた名前だった。
陽子は、
絵を見つめながら小さくうなずいた。
***
再び課題表に戻り、
地理を1ページだけ進める。
歴史も、大化の改新の復習を少しだけ。
陽子は、
自分のペースで一回りを終えた。
友彦がひとこと言った。
「陽子、今日はよく動けたね」
陽子はうつむいていた顔を上げて、
少しだけ誇らしげにうなずいた。
***
帰り道、
陽子はスケッチブックを抱えながら歩いた。
“ユイ”という名前が、
胸の奥で小さく光っている。
青の教室の灯りが、
その光をそっと照らしていた。