青の教室 陽子 第18話(4月2日) ――影の理由(わけ)――
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学び
第18話(4月2日)
――影の理由(わけ)――
青の教室は、
昼間とはまるで別の場所のように静かだった。
子どもたちが帰ったあとに残るのは、
机の上に置かれたプリントの端のめくれや、
鉛筆の跡、椅子のわずかなずれ。
ほんの少し前まで、
ここに子どもたちの息づかいがあったことを示す痕跡だけが、
淡く残っている。
友彦は、
ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
窓の外はすっかり闇に包まれて、
でも、春の匂いが
静かに流れ込んでくる。
ふと、いつかの自分の言葉が胸に浮かんだ。
「みんな知らないんだよな」
誰に向けたわけでもない、
独り言のような言葉。
その続きを
友彦は
いつもずっと胸の奥に持っている。
友彦は、
机の上に残された子どもたちのプリントを
一枚ずつ眺めながら、静かに思う。
――どうして子どもたちには影ができてしまうのだろう。
長い間追いかけてきた問いだった。
青の教室には、
影を抱えた子どもたちがよく来る。
困っている人が頼ってくるのは、
たぶん、自分が“一人一人を見る”ことをやめないからだ。
やりがいはある。
楽しいとも思う。
けれど、胸の奥にいつも
消えることのない痛みがある。
――普通の子どもを、
普通に育てることが
どうしてこんなに難しくなってしまったんだろう。
子どもたちは本当は、
もっと自然に伸びていけるはずだ。
整う前に詰め込まれ、
焦らされ、比べられ、
気づけば影ができてしまう。
本当は、友彦がしたかったことはただひとつだった。
子どもを、自然に自分の色に発色させること。
あおいとりょうのことを思い出す。
あの二人は、根源に立つことができた。
だからあんなに伸びた。
成績が伸びたのは結果にすぎない。
整ったまま時間を積み重ねれば、
学力も技能も勝手に、
そして果てしなく育つ。
陽斗やひかりの姿も浮かぶ。
あの子たちは、光そのものだ。
きらきらしていて、可能性があふれている。
今日の陽子の姿が思い返される。
胸の奥に立ち上るざらつきと闘いながら、
それでも一つずつ手を動かしていた。
陽子は、まだ影の中にいる。
でも、光を探す手を止めていない。
――あの子は、これからどこまで自分を取り戻していくのだろう。
友彦は、
陽子が残していったプリントの上にそっと手を置いた。
その紙の温度が、
ほんの少しだけ残っている気がした。
思いはそこでふっと途切れた。
語りきる必要はない。
続きはまた、明日考えればいい。
友彦は立ち上がり、
教室の灯りをひとつずつ消していく。
窓の外の漆黒も
青を踏まえてその上に広がっている。
青がどいてくれたから真っ暗でいられる。
友彦にはそうも見える。
明日も、子どもたちが来る。
青の教室の一日は、静かに終わっていく。