青の教室/俊雄 第4話(3月22日) ――花の声が、生まれる――

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青の教室/俊雄 第4話(3月22日)
――花の声が、生まれる――

窓から差し込む光は、
 今日も静かに青かった。

空の青でも、海の青でもない。
 もっと深くて、
 胸の奥のどこかをそっと撫でるような青。

その青の中で、俊雄は席に座った。
 昨日描いた、小さな花のことを
 胸の奥でそっと抱えながら。


***

友彦は、机の上に
 昨日と同じ積み木と、
 そしてもう一枚の白い紙を置いた。

「俊雄。
  昨日の花の絵、カバンに入っているかい?」

俊雄は、ゆっくりとカバンを開け、
 丁寧に折られたプリントを取り出した。

余白の隅に描かれた、
 たったひとつの小さな花。

その花は、
 昨日よりも少しだけ
 色を持って見えた。

友彦は、その花を見て
 胸の奥が静かに温かくなるのを感じた。

「俊雄。
  この花に、言葉をつけてみないか」

俊雄は、少し驚いたように目を上げた。

「……ことば?」

「うん。
  俊雄が思ったことを、
  この花のそばに置いてみるんだ。
  どんな言葉でもいい」

俊雄は、紙と鉛筆を見つめた。
 胸の奥の“歴史”が、
 またかすかに震えた。

鉛筆を手に取る。
 置く。
 また手に取る。

そのたびに、
 俊雄の中で何かが
 ゆっくりと形を探していた。

長い時間が流れた。

そして――
 俊雄は、そっと書いた。

「花の声」

その三文字は、
 まるで俊雄の胸の奥から
 直接紙に落ちてきたようだった。

友彦は、その言葉を見た瞬間、
 思わず息をのんだ。

「……俊雄。
 きみって……詩人みたいだね!」

俊雄は、少しだけ目を丸くした。
 褒められたというより、
 “見つけられた”ような表情だった。

友彦は続けた。

「レオ・レオニの『フレデリック』って知ってるかい?」

俊雄は、首を横に振った。

「みんなが食べものを集めてるとき、
  フレデリックだけは
  “ひかり”とか“いろ”とか“ことば”を集めてたんだ。
  冬になって、みんなが元気をなくしたとき……
  フレデリックの詩が、
  みんなをあたためたんだよ」

俊雄は、静かに聞いていた。

「俊雄。
  きみの“花の声”は……
  なんだか、フレデリックの言葉みたいだ」

俊雄は、紙を見つめた。
 自分が書いた三文字を、
 そっと指でなぞった。

胸の奥で、
 小さな芽が
 ほんの少しだけ動いた気がした。

友彦は、その揺れを感じ取った。

――俊雄は、自分の中から
  言葉を芽生えさせようとしている。

この先の俊雄の姿が、
 友彦には静かに見えた。

俊雄の詩を、時間をかけて育てていこう。

そう思った。


***

同じころ。
 俊雄の母・麻衣は、
 家で俊雄の帰りを待ちながら
 そっと夕食の準備をしていた。

俊雄のことを包み込むように、
 優しく、静かに。

麻衣は、
 優しく接することしか知らない。
 でも、それは確かに
 ひとつの方法だった。

俊雄の“歴史”に触れないように、
 そっと寄り添う方法。


***

そして同じ時間帯。
 陽子の母・美咲は、
 ダイニングテーブルで
 来週の課題表を作り始めていた。

色ペンを並べ、
 陽子の顔を思い浮かべながら、
 一行ずつ丁寧に書いていく。

陽子の“思い”を支えようと、
 自分なりに模索しながら。


***

同じ青の教室。
 同じ青の光の中。

けれど、流れている物語は違う。

二つの物語は交わらない。
 どちらも
 青の教室というひとつの場所を通りながら、
 まったく別の道を歩いている。

そして――

俊雄の色は、
 まだ小さくて、
 まだ震えていて、
 まだ歴史に隠れそうだけれど、
 確かにそこに芽を出しはじめていた。

青い光の中で、
 その小さな芽は
 そっと揺れていた。

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