青の教室/陽子 第6話(3月17日) ――タッタタタッタの前も、自由――

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学び
第6話(3月17日)
――タッタタタッタの前も、自由――

朝の青の教室は、いつもより少しだけ浮き立っていた。
 理由はすぐに分かった。

友彦のスマホが、軽い音を立てて震えたのだ。
 画面を見た友彦の表情が、ふっと明るくなる。

「……おお、やったね」

陽子が顔を上げると、
 友彦は黒板の前で、少し照れたように言った。

「小6の 安藤すみれ がね、英検3級に合格したって」

「すみれちゃん、3級!?」
 陽子は思わず声を上げた。

3級は中学卒業レベル。
 小6で取るのは、ほんとうにすごい。

すみれは普段、週1回しか来ない。
 でも英検前の2週間は、
 毎日青の教室に入りびたりで、
 過去問と友彦のリスニング教材を
 黙々と、楽しそうに、やり続けていた。

――あれは、すごかった。

陽子は、その姿を思い出して胸が熱くなった。

「すみれちゃん、ほんとにがんばってたもんね……」

友彦はうなずいた。

「うん。
  公文で英語を続けてきた力もあるけど、
  文法とリスニングは苦手だったからね。
  2週間、自分で“やりたい”って言って、
  毎日来てたよ」

そこへ、もう一つLINEが届いた。

「お、もう一人」

友彦が読み上げる。

「すみれの親友、高梨ほのか。
  4級合格だって」

陽子は思わず笑った。

「ほのかちゃんも!?
  すみれちゃんといっしょに、ずっと勉強してたもんね」

ほのかは、英語を本格的に始めたのはここ1年。
 それでも、すみれと並んで2週間、
 毎日青の教室で英語をしていた。

二人の姿は、
 陽子の目にも焼きついていた。

「……すごいなあ。
  ほんとに、すごい」

陽子は心の底からそう思った。

そして、胸の奥に
 ふっと小さな風が吹いた。

――私も、あんなふうにできるのかな。
「……先生。
 ……私……
  お勉強、あんなふうにできるようになるのかなあ」

ぽつりとこぼれた言葉に、
 友彦はすぐに返さなかった。

少し間を置いて、
 やわらかく言った。

「陽子。
  お勉強ってね、
  “しなければならないもの”じゃないんだよ」

陽子は顔を上げた。

「楽しくて、ついやっちゃう。
  それが本当なんだ」

陽子は、すみれとほのかの姿を思い出した。
 二人は“やらされて”いたわけじゃない。
 むしろ、楽しそうだった。

――あれが、本当のお勉強なんだ。

陽子は、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。

でも同時に、
 どこかで引っかかるものもあった。

「……でも、私、
  “タッタタタッタ”のあと、
  “ッタッタ”って続けちゃうタイプだから……」

昨日のリズムの授業が、
 ふっと頭に浮かんだ。

ひかりは「タタタッタタンタ」。
 陽斗は「タタンぽんぽん」。
 陽子は“ッタッタ”が正しいと思っていた。

友彦は、陽子の表情を見て、
 少し笑った。

「陽子。
  “タッタタタッタ”の続きは自由だけどね」

陽子は、うん、と聞いている。

「“タッタタタッタ”の部分だって、
  ほんとは自由なんだよ」

陽子は、目を瞬いた。

「……え?」

「最初のリズムが決まってるように見えても、
  本当は、そこから変えていいんだよ。
  “タタタタタタ”でも、
  “ぽんぽんぽん”でも、
  “しーん”でも」

友彦は、黒板を軽く叩いた。

「最初の形に縛られなくていい。
  陽子の“はじまり”は、
  陽子が決めていいんだよ」

陽子の胸の奥で、
 何かがふっとほどけた。

――“タッタタタッタ”の前も、自由。

その瞬間、
 陽子の脳裏に、
 金曜日の自分がよみがえった。

ノートの隅に描き始めた女の子の絵。
 気づけば、時間を忘れて夢中になっていた。
 あのとき、
 誰にも言われていないのに、
 ただ描きたくて描いていた。

――あれも、“前が自由”だったからできたんだ。

「……そっか。
  私、金曜日……
  あの絵、勝手に描き始めてたんだ」

陽子は、自分で言いながら驚いた。

「“タッタタタッタ”の前を、
  自分で作ってたんだね」

友彦は、にこりと笑った。

「そう。
  陽子はもう、始めてるんだよ」

陽子は、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。

すみれやほのかのように、
 “やりたい”からやる。
 “楽しい”から続ける。

その小さな芽が、
 自分の中にもあるのだと気づいた。

それはまだ弱くて、
 影に揺れそうな光だったけれど――

確かに、そこにあった。

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