青の教室 蒼真の15 第8章 試験の日
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第8章 試験の日
一月の朝は、空気が張りつめていた。
冬の冷たさが肌に刺さるようで、
吐く息は白く、すぐに消えた。
蒼真は、手袋の中で指をぎゅっと握りしめた。
(……ついに、この日が来た)
サッカー名門校の専願入試。
蒼真にとって、
“自分の道”を選んだ証明の日だった。
胸の奥はざわついていた。
怖さと期待が混ざり合い、
落ち着かない。
(大丈夫……大丈夫だ)
そう言い聞かせても、
足は少し震えていた。
***
試験会場に向かう途中、
スマホが震えた。
蓮からだった。
「蒼真、今日やんな。
お前ならいける。
走れ。」
短いメッセージ。
でも、
胸の奥にまっすぐ届いた。
(蓮……)
蓮は蓮で、
関学の受験が近づいている。
緊張していないはずがない。
それでも、
蒼真を気遣う余裕がある。
(やっぱり……すげえやつだな)
悔しさと嬉しさが、
胸の奥で静かに混ざった。
***
試験会場に着くと、
受験生たちの緊張した空気が漂っていた。
蒼真は、
深呼吸をして席に座った。
(落ち着け……落ち着け)
試験官の声が響く。
「始めてください」
その瞬間、
胸の奥のざわめきが一気に広がった。
(やばい……頭が真っ白だ)
英語の問題を開くと、
文字がゆらゆら揺れて見えた。
(読めない……)
手が震えた。
(なんで……なんで今なんだよ)
胸の奥の影が、
一気に濃くなる。
(俺……また逃げるのか?)
そのとき――
頭の中に、
友彦の声が浮かんだ。
「怖いまま進むのが、一番強い」
そして、
紗月の声も。
「走れない日があるから、走れる日が分かるんだよ」
蒼真は、
深く息を吸った。
(怖いまま……進む)
ゆっくり、
一つひとつの単語を追った。
cat
blue
run
(……読める)
短い文を読み、
意味をつなげる。
(いける……いけるぞ)
胸の奥の影が、
少しずつ薄くなっていく。
(俺……できる)
蒼真は、
震える手で答案を書き始めた。
***
数学の問題は、
いつものように“形”が見えた。
(これは……いける)
数字が並ぶと、
頭の中で静かに線がつながる。
(俺の速さ……ここにある)
蓮の速さではない。
母の期待の速さでもない。
蒼真の速さ。
(俺は……俺の道を走る)
胸の奥が、
静かに温かくなった。
***
試験が終わると、
外の空気はさらに冷たく感じた。
でも、
胸の奥は不思議と軽かった。
(やりきった……)
結果がどうであれ、
逃げなかった。
怖さを抱えたまま、
走った。
その事実が、
胸の奥に静かに灯っていた。
***
帰り道。
空は薄い灰色で、
雪が降りそうな気配があった。
スマホが震えた。
紗月からだった。
「蒼真くん、おつかれさま。
今日の空、すごく静かで、
すごく強いよ。」
蒼真は、
胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
(静かで……強い)
そんな空が、
自分の中にもある気がした。
***
その夜。
蓮から電話がかかってきた。
「蒼真、どうやった?」
「……なんとか、やりきった」
「そっか。
それで十分やん」
蓮の声は、
いつもより少しだけ柔らかかった。
「お前、絶対受かるで。
俺、そう思う」
「……ありがとな」
蓮は続けた。
「俺も、もうすぐ本番や。
怖いけど……
お前が走ったんやから、
俺も走るわ」
蒼真は、
胸の奥がふっと揺れるのを感じた。
(蓮……)
蓮は完璧じゃない。
怖さを抱えている。
でも、
それでも走る。
(俺も……走れる)
その確信が、
胸の奥に静かに灯った。
***
布団に入ると、
今日の空が思い浮かんだ。
静かで、
強い空。
(俺の15歳……
今日、少しひらいた)
目を閉じると、
胸の奥の影が、
静かに形を変えていくのを感じた。