青の教室 蒼真の15 第3章 蓮の登場
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第3章 蓮の登場
冬休みが終わり、三学期が始まった。
空気はまだ冷たく、
校庭の隅には、溶け残った雪が小さく固まっている。
蒼真は、教室の窓から外を眺めながら、
胸の奥に小さなざわめきを感じていた。
(今日から……蓮が来る)
クラブチームの仲間で、
小学生の頃からずっと中心選手だった蓮。
走れば速い。
蹴れば強い。
判断も早い。
そして、勉強もそこそこできる。
蒼真にとって蓮は、
“追いかけても追いつけない背中”だった。
(なんで、あいつは……全部できるんだろう)
そんな思いが、
胸の奥にずっと刺さっていた。
***
放課後。
青の教室のドアを開けると、
見慣れた背中がそこにあった。
「おー、蒼真。
お前も来てたんか」
蓮が振り返り、
いつもの軽い笑顔を見せた。
「……蓮」
蒼真は、
胸の奥がざわつくのを感じた。
蓮は、
青の教室の空気にすぐ馴染んでいた。
「こんにちは、蓮くん。
今日からよろしくね」
友彦が静かに声をかける。
「よろしくお願いします!」
蓮は、
サッカーのときと同じように、
迷いのない声で答えた。
(……すげえな)
蒼真は、
その“迷いのなさ”に胸が痛くなった。
***
「蓮くんには、これをやってもらおうかな」
友彦が差し出したのは、
分厚い過去問の束だった。
「関西学院高校の過去問。
カワセミライトで分析したやつだよ」
「うわ、マジっすか。
めっちゃ助かる!」
蓮は、
嬉しそうにプリントをめくった。
(……俺のと全然違う)
蒼真のプリントは、
短い単語や短文から始まる“アレルギー用”。
蓮のプリントは、
難しい長文や記述問題が並んでいる。
(同じ中2なのに……)
胸の奥が、
静かに沈んでいく。
***
「蒼真くん」
隣から声がした。
紗月だった。
「蓮くん、来たね」
「……うん」
「なんか、
蒼真くん、ちょっと緊張してる?」
図星だった。
「別に……」
「ふふ。
そういう顔してるよ」
紗月は、
蒼真の“揺れ”を見抜いていた。
「蓮くんって、
なんでもできるように見えるけど……
でも、蒼真くんには蒼真くんの“速さ”があるよ」
その言葉は、
胸の奥にそっと落ちた。
(俺の……速さ?)
そんなもの、
あるのだろうか。
***
英語の時間。
蒼真は、
昨日の続きのプリントを開いた。
短い単語。
短い文。
ゆっくり読めば、
なんとかなる。
でも――
隣の蓮は、
長文をスラスラ読んでいた。
「先生、これってこういう意味っすよね?」
「そうだね。
よく読めてるよ」
蓮は、
英語が得意というわけではない。
でも、
“怖がらない”。
それが、
蒼真にはできなかった。
(なんで……俺はこんなに怖いんだろう)
胸の奥が、
じんわり痛くなる。
***
休憩時間。
蒼真は、
机に突っ伏して息を整えていた。
そのとき、
蓮が声をかけてきた。
「蒼真、お前……英語、苦手なん?」
「……まあな」
「そっか。
でも、お前、数学めっちゃ速いやん。
俺、あれ羨ましいで」
「え?」
「だって、
お前、問題見た瞬間に“形”見えてるやろ?」
蒼真は、
胸の奥がふっと揺れるのを感じた。
(見えてる……のか?)
自分では気づいていなかった。
「俺、あれできへんねん。
だから、数学はお前の方が上やで」
蓮は、
本気で言っているようだった。
(……そんなふうに思ってたのか)
胸の奥の痛みが、
少しだけ温かくなる。
***
その日の帰り道。
空は薄い紫色に染まっていた。
蒼真は、
胸の奥のざわめきを抱えながら歩いていた。
(蓮には勝てない。
でも……俺にも、俺の速さがあるのかもしれない)
紗月が、
少し後ろを歩いていた。
「蒼真くん」
呼ばれて振り返ると、
紗月は静かに微笑んだ。
「今日の蒼真くん、
なんか……ちょっとだけ強かったよ」
「強い……?」
「うん。
蓮くんを見て、
ちゃんと揺れて、
でも逃げなかったから」
蒼真は、
胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
(逃げなかった……か)
それは、
自分でも気づいていなかったことだった。
紗月は、
夕暮れの空を見上げながら言った。
「蒼真くん、
今日から動き出した気がする」
その言葉は、
冬の空に静かに溶けていった。