生い立ち

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はじめまして。
ブログをご覧いただきありがとうございます。
このブログでは、日々の出来事やこれまでの人生で経験してきたこと、その中で感じたことなどを少しずつ綴っていこうと思います。

どんな人物なのか、話してもいい相手なのかを見極めてもらえたらと思い、まずは私の生い立ちから少し話していきたいと思います。

私は一人っ子として育ちました。

母はとても支配的で過干渉な性格で、家庭の中では母の影響が強い環境でした。父は仕事中心の人で家庭にいる時間は少なかったものの、仕事では上場企業の営業職で支社長を務めていました。

両親は13歳差があり、父は再婚だったようです。
亭主関白で横暴なところはありましたが、私にとっては優しい良い父親でした。

小学校3年生のころ、いわゆる連れ去り離婚のような形で両親は別居状態になりました。
その後、母方の親族の下で生活する時期もあり、家庭の環境は大きく変化していきました。

小学生の頃は、家庭環境があまり良くないことを見抜かれ、担任の先生から厳しく当たられることもありました。
そのことは今でも強く記憶に残っていて、ふと思い出すことがあります。

中学生のころには、長い時間をかけた裁判の末にようやく両親の離婚が成立します。ただ、その背景には、当初私が理解していたものとは違う事情があったことも後になって知ることになります。

その後も家庭環境は安定せず、母の交際相手の変化があり、思春期は落ち着いた環境とは言えない状況で過ごしました。

いくつかの環境の変化の中で苗字も何度も変わりました。
人との関係性をうまく築くことができず、恋人ができても依存してしまったり、感情的に不安定になってしまうことが多くありました。
頭では「この関係は上手くいかない。」と分かっていても、別れを切り出せないまま関係が続きました。
5年ほど交際していた当時の彼と20代前半の時に子供を授かり結婚しましたが、その関係は長く続かず一年ほどで離婚しました。
その後、再婚もしましたが、その相手は自ら命を絶ってしまいました。

再婚相手をそのような形で亡くした後は、妻という立場で葬儀にかかわることになりましたが、精神的に非常に厳しい状況でした。

周囲からの視線や言葉の受け取り方も含めて、当時は自分の立場がとても孤立しているように感じることが多くありました。

その後、義家族との関係も次第に難しくなり、最終的には関係を断つ形になりました。

二人の子供を育てる中で、特に男の子の子育ては想像以上に大変だと感じることも多く、シングルマザーとしての生活は決して楽なものではありませんでした。

あれから10年以上が経過し、当時は必死で過ごしていた日々も生活の形も少しずつ変わってきています。

当時は、「痛すぎて歩けない」「真っ暗で道なんかない」という感情でしたが、今は「そのまま抱えながらなんとか生きてきた」という感じです。

そして、これまでの経験を通して、人との関係や心の在り方について、以前とは少し違う見方をするようになりました。

これから先の人生もその時々で感じたことや考えたことを大切にしながら、少しずつ歩いていけたらと思っています。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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