十二使徒中、唯一処刑をまぬかれたヨハネと投影

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コラム
聖書の『手紙』には各使徒からいろいろな教会へ送られた手紙が掲載されています。
その中の一つ『ヨハネの第一の手紙』第4章では「愛する者たちよ」という呼びかけが何度も繰り返されています。

普通なら「愛する者たちよ」なんて言われても、口先で言っているように感じてしまいますが、愛情深さが伝わってくるいくつかのエピソードを残しているヨハネに言われると深く胸に染み入ります。

愛情深さが伝わるエピソードとして代表的なものは、イエス入滅直後から、イエスの母親のマリアと一緒に暮し、マリアが亡くなるまで面倒をみたという話です。

あと、弟子がイエスに甘える様子が唯一描かれている肖像画がありますが、あれもヨハネです。
とても優しく、そして人が大好きだったことがうかがえます。

悟っていることが伝わってくる箇所もいくつかあるので、もともと人が大好きだったところに人類愛のようなものが加わって、愛そのもののような人になっていったのではないかと推測しています。

そういう人が「愛する者たちよ」と繰り返すヨハネの第一の手紙第4章は、聞いているだけでとろけそうになります。

私はクリスチャンではなくきちんと順序だてて勉強したことはありません。
ただ形而上学全般が大好きなので、聖書もあちこち読み散らかしている中で、使徒ヨハネが大好きになっていきました。

仲間である他の十二使徒はヨハネ以外全員処刑されていますから、そんな中で伝道を続けるのは当然恐怖心もあったと思います。
(当時の支配者であったローマの教えにキリスト教の教えが反していた上に奇跡を起こしたりするので、次々に処刑されたということのようです)

支配者の言うことを大人しく聞いていれば、殺されることはありません。
それでも、迫害に会い続けるキリスト教徒のことを想い続け、寄り添い続けることをやめなかったヨハネ。

なのにヨハネだけが殺されずに済み、長生きが出来たということも、投影だなと感じます。
マリアを守る気持ち、キリスト教徒を守る気持ちが世界に投影され、逆に社会の方から自分が守られるかたちとなって長生きできた、ということだと思います。
それだけでなく、恨みや戦う気持ちもなかったから、恨みや恐怖心の投影である”自分を処刑する人”が現れなかったのだと思います。

温和であり、穏やかな人だったのでしょう。

そういう観点でいえば、やはり愛情深い人に触れるというのは自分の中の愛情を育てることにもなり、投影である人生も少しずつ良いものに変わっていきますので、とても大切なことだと思っています。

ヨハネ、いいです。

※洗礼者ヨハネとは別人です。
※聖書はきちんと勉強していないので誤りを含む可能性があります。
※私は一切の団体に所属していません。


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