私はあまり関係ないと思っています。
たぶん、恐怖心を感じる対象が別のものに移るだけだと思います。
だいたい何事もそうですよね。
欲しいもの、好きなもの、苦手なもの、怒りを感じるもの。
全ては移り変わります。
救ってくれそうな人、モノ。
いっときは救ってくれることがあっても、結局まだ救われないですよね。
私たちの根本には分離の悲しみ、恐怖があります。
ひとりで生きていくという、孤独と恐怖。
それがどんどん姿を変えて目の前にあらわれ続けています。
よくDVでは「被害者に問題があるわけではない」と言われます。
DVも加害者の中に激しい怒りがあって、そのはけ口として被害者の一挙手一投足にイライラし、お前が悪いからだ、と思っていると言われています。
でもDVだけでなく、全てがそうなのだろうと思っています。
現実が変わっても怒りや愛情は一定量で在り続けると思います。
だから死が怖くなくなったからといって、多分幸福感に変動はありません。
最初に愛があり、次に愛を失う恐怖がある。
その愛を家族や恋人に見て、その恐怖をお金や死などに見ているだけだと感じます。
だから自分最大の問題が解決しても、すぐに別の問題が現れます。
心安らぐ時期があったとしても、それはとても短いものでしょう。
分離なんかしてなかった!と気づいたとき。
そこまでいかなくても、自分がどんなに幸せであるかに気づいたとき。
初めて苦しみから卒業できるのだと思います。
それ以外はぜんぶ、いっときの幸福にすぎないのだと思います。
でも、死が怖くて怖くてたまらない、という方には朗報ではないかなあと思い、死後の世界の記事を書いてみています。
☆あなたの現実を創っている想いを生年月日から推測する投影占いはこちら。