今日、彼から思いがけず優しいメッセージが届いた。
体調不良で休暇を取得した私に、
「大丈夫?体調悪い?」
「薬が効いて頭痛が良くなるといいけど」
「薬きいた?」
その言葉の温度に、少し驚いた。
まるで、いつも私が彼に言ってきた言葉とそっくりだったから。
※ちなみに彼がよく言うのは「お大事に」だけ。
1. 彼は、なぜあんなに自分を律するのか
彼は、ひとつ指摘されただけで行動を改める。しかも、徹底的に。
以前、私がインフルエンザのような症状で必死に在宅勤務をしていたとき、彼はこう言った。
「今休まれたら困るんだよ。病院に行ってください」
その翌日、「大丈夫なの?」と聞かれた私は、「心配はしてくれるんだ」と返した。
すると、「またそういう言い方する…」と嫌味のような言葉が返ってきた。
でも、私が「だって昨日「今休まれたら困るんだよ。」って、そう言われたから」と伝えると、彼はハッとしたようだった。
※きつい言葉、彼は悪気ないことが多々ある。
そして次の日から、明らかに態度が変わった。
「体調はどう? 無理しないで」
彼は、自分が“冷たかった”ことに気づいた瞬間から、
徹底して「優しくする人」になる。
まるで、
自分の言葉で相手を傷つけた自分が許せない
もう二度と同じことを繰り返さないように、自分を律する
そんな強い決意が、彼の中にあるようだった。
実はこういうことは一度や二度ではない。
たとえば、彼は以前、「Haneは俺じゃない方がいいんじゃない?」という言葉を何度も口にしていた。
私はそれが本当に嫌で、あるとき真剣に伝えた。
「私はあなたがいいから一緒にいる。他がいいかどうかを決めるのは私。だから、その言葉は二度と言わないでほしい」
それ以来、本当に一度も言わなくなった。
彼は、指摘されたことを「二度と言わない」と強く決め、実行するタイプ。 これは、「回避型の気質」と「彼という個人の性格」、両方のハイブリッドだと思う。
回避型の律しすぎと、彼という人の性格
回避型の人に共通する“律する傾向”
弱さを見せるのが怖い
他人に迷惑をかけることに強い罪悪感がある
“ちゃんとしている”ことで自分の価値を保とうとする
感情に振り回されないよう、自分を制御しようとする
つまり、律する=防衛反応としての愛着スタイル。
彼もまた、「怒られる前に自分を正す」「人からの評価を恐れる」傾向があり、それが彼の律しさの根源にある。
でも、それだけではない。
彼自身の性格特性
(以下には回避型とも重なる要素がある)
💼 ① 完璧主義気質(特に仕事・社会的役割)
「ちゃんとしている」ことへの執着が強い
誤解されること・責められることに非常に敏感
🔒 ② プライドの高さ+失敗への恐れ
指摘されることを「否定された」と受け取りやすい
「指摘されるくらいなら、先に自分を律しておく」と考える → 回避型×高プライド=自己修正型の完璧主義になりやすい
💢 ③ 抑圧の反動としての爆発的な感情表現
普段は律しているが、限界を超えると怒りや投げやりさとして出てくる
→「抑えすぎて、自己崩壊する」タイプ
彼はまさに、
回避型の“感情の抑制と距離の調整”と、 個人の“誇り高く完璧でありたい性格”が合わさって、 「律しすぎて、疲れている人」
ドラゴンボールで言うなら、誇り高きサイヤ人王子・ベジータ。
回避でナルシストでプライドが高い彼という人は、まさにそんな存在かもしれない。
2. 尽くしすぎる私と、回避型の彼
彼は、人から責められることにとても敏感で、誰かに迷惑をかけるのを恐れる。 だから他人の前では“完璧な自分”を演じる。
それはとても紳士的で、魅力的にも見える。
でも、私との関係では“自分中心”になる。
私には甘える。でも同時に支配したがる。
そんな「回避型特有の甘え方」が彼にはある。
一方の私は、「尽くすことで愛されようとしてきた」。
何かしてあげなきゃ
優しくしなきゃ
我慢しなきゃ
でも本当は、
「私も“甘えていい”がわからない」
だから、彼が「そんなに律しなくていいんだよ」と言われてもピンとこないように、 私も「そんなに尽くさなくていいよ」と言われても、どうしていいかわからない。
同じ傷、同じ防衛反応
律する彼と、尽くす私。
一見、正反対のようで、実は同じ場所からきている。
無条件で愛される感覚を知らない
愛されるには“がんばる”しかなかった
愛は「努力の対価」だと信じている
だから、律する。 だから、尽くす。
私が彼に思うこと
「しんどくないかな?」
なぜなら彼は:
自分で自分を追い詰めているけど、そのことに気づいていない
「律する=かっこいい」「ちゃんとしてる俺=信頼される」と思っている
でも本音では、「誰かに甘えたい」とずっと叫んでいる
たった一言で、二度と言わないって決めるのって、実はすごく難しい。
感情のこもった事柄ならなおさら。
もし、彼がもっと素直に「疲れた」「弱音吐いていい?」って言えたら、 きっともっと楽に生きられるんじゃないかなと、私はよく思う。
少しずつ“受け取ってもいい”に変わり始めたそんな彼だけど、最近は少しずつ、私がいつも言っている言葉を返してくれるようになった。
今日の彼の優しさは、たった一言で全部が変わったわけではない。
でも、確かに思えた。
「私の言葉は、届いていた」 「私の優しさは、無駄じゃなかった」
そして今、私は思う。
「もう、がんばらなくても愛されていい」
それは、まだ完全には信じきれないけれど、 でも、これから少しずつ“受け取る練習”をしていけばいいんだと思う。
3. 「律する人」と「尽くす人」が出会う意味
私たちはつい、「がんばらないと愛されない」と思い込んでしまう。
でも本当は、愛されるのに努力はいらない。
律しすぎる彼と、尽くしすぎる私。
そのどちらも、本当は「優しく愛されたかった子ども」の姿なのかもしれない。
誰かの期待に応え続けてきた人ほど、
「そのままの自分でいていい」と言われても戸惑う。
でも、少しずつ、受け取っても大丈夫な体験を重ねていくことで、
愛は“がんばるもの”から、“感じるもの”に変わっていく。
だから今日から、
がんばることよりも、受け取ることに、ほんの少し勇気を出してみよう。