世の中にはいろいろな人がいますが、その中にはとにかくよく喋る人がいます。とにかく話し好きで、一日中喋っています。
おしゃべりそのものをそんなに楽しむことのない私にとっては、聞いているだけで疲れてしまいます。
よく喋る人は声も大きいので、だいたいエネルギーが有り余っているか、不安を解消するために喋らずにはいられないのか、ただ話すこと自体が楽しいのか、どれかに該当しそうな気もします。
はて、よく喋る人というのは、どんな動機があって一日中喋っているのでしょう?
喋る、話すという行為は、基本的に聴いてくれる相手がいなければ成り立ちません。
ですから、自分の話を聴いてくれる相手がいるということは、とても恵まれている状況にあるのです。
そのことを考えると、先ず話を聴いてくれる人には、自分の話を聴いてくれることへの感謝の気持ちを持つ必要がありますが、おしゃべりな人は大体の人が、そのような気持ちは微塵もなく、自分の話は聴いてもらって当たり前であるという前提で喋ります。
そのような態度でいますので、相手が自分の思い通りに話を聴いてくれないとなると、大概不機嫌になります。
その点、カウンセラーなどはお金をいただいてお話を聴きますので、一生懸命話を聴きます。話を聴くことが仕事であり、プロなので、こちら側の話はほぼいたしません。
とにかく相談者の方の話を一生懸命聴くことに徹します。しかも、相談者はお金を払ってでも解決したい悩みを相談しに来るので、カウンセラーとしては、相談者の気持ちが少しでも楽になるように話を聴きます。
誰でもお金を払ってとなると、その対価に見合ったものを得たいですよね。
しかし、日常生活においての会話はお金を出し合って話をするものではないので、お喋りな人は、話を聴いてくれる側の状況や環境も考えることなく、とにかく自分の話をひたすらします。
相手の状況も考えずに自分の話したいことを喋りまくり、相手のことを根掘り葉掘り訊こうとする人は、ある意味「不偸盗」の人ですね。
「不偸盗」とは、仏教の戒律で「人のものを盗ってはいけない」という意味です。
「人のもの」とは、物質的なものに限らず、その人の時間さえも含まれます。したがって無駄なお喋りのために、話を聴いてくれる側の時間さえ奪っていることになります。
また、「口は災いの元」という言葉があるように、余計な一言、あるいはその言葉を発することで相手がどう感じるかも考えずに、悪気なくお喋りをするので、その一言で相手との関係を壊したり、あるいは他者との繋がりを断ち切ってしまう等の現象を起こします。
さらには、承認欲求が強いので、とにかく何でも自分中心でないと気が済まないという人が多いです。
裏を返せば、一人になれない心が幼い人なのでしょう。承認欲求が強いということは、つまりは魂が幼いのです。ですから、どこか大人気ない、子どもっぽい幼稚さが感じられます。
おそらくは子供のころに親からきちんと愛情を注いでもらえなかったのかもしれません。あるいは、虐められたり相手にしてもらえなかった傷つき体験があったのかもしれません。
だから、自分を守るために人のことを根掘り葉掘り聞いて、相手の弱みを把握し、自分が攻撃されないように守ろうとして、あれやこれやと訊いては、サラリと相手の情報を得ようとするのでしょう。
お喋り好きですから、とても言葉巧みです。相手が気持ち良くなる言葉も良く知っています。まるで詐欺師のようです。
このような人に関わっていると厄介なことに巻き込まれることが関の山です。
お喋りな人、話し好きな人には要注意です。