東日本大震災から14年の日、震災について考えたこと!(2)

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コラム
東日本大震災から14年目の3月11日。「東日本大震災から14年の日、震災について考えたこと!」というタイトルで朝投稿した記事の続きです。

【防災における「3・3・3の法則」】

防災意識というのは、防災訓練を待たなければ身につかないということはありません。脳内で防災に関する自らの行動を趣味レーションすることでも行えます。

今皆さんは職場や学校に居るとします。あるいは旅行で見知らぬ土地のホテルやレジャーランドに居るとします。その瞬間震度6強の地震が起きました。さて、どこへ避難しますか?これは、普段から避難所の確認ができているかどうかに関わる行動になります。特に初めて行く場所ですぐに避難所の確認をしておくという習慣が付いているかどうかは重要です。

行く場所場所で避難所の確認をしておくというシュミレーションはしておきましょう。その次は、今いる場所からどうやってその避難所に行くかということです。それをどのように解決するかもシュミレーションしておきましょう。さらには、震度6強の地震が起きた瞬間にどう行動を取るかも大切です。よく「机の下に隠れる」ということが言われますが、この行動はおかしいことがお分かりでしょうか?周囲や天井を見て、別段落ちて来る物がなければ机の下に隠れる必要はないですし、むしろ落ちてくる物がある事自体が少ないでしょう。それよりも、ドアや窓の近くにすぐに走り、ドアや窓を開けるべきです。建物が歪むことでドアや窓が開かなくなり、外に出られなくなる恐れがあるからです。ここから以降の行動は「3・3・3の法則」で説明していくことにしましょう。

■「3・3・3の法則」の根幹

「3・3・3の法則」の根幹となるものは、「できなければ命を落とすタイムリミット」です。これは、
*3分間呼吸ができない状態でいると人間は生きていられない、
*3時間体温保持ができない状態でいると人間は生きられない、
*3日間水分補給ができない状態では人間は生きられない、
*3週間食料補給ができない状態では人間は生きられないというものです。 

災害による避難は、この「できなければ命を落とすタイムリミット」をベースにして考えるべきです。被災した際は最初に呼吸ができる空間を確保します。煙や悪臭などで呼吸し辛い環境は即座に改善すべきです。そのあとは、体温維持を意識して行動します。このことから考えて、防災グッズの一番の優先は防寒グッズや毛布やタオル、夏場は熱中症のリスクを抑えるために、ネッククーラーや携帯型扇風機といった物になることが分かります。避難をしたら一日でも早く飲料水を確保し、次に食料を確保することで生存率を高めていくようにしなくてはいけません。

■発災直後からの行動における「3・3・3の法則」

ここからは、発災から3秒後、3分後、30分後、3時間後、3日後の行動の仕方を、自助と互助に分けて説明していきたいと思います。自助とは自分自身を守るための行動、互助とは周囲の人を助けるための行動を意味します。これによって発災直後から3日までの行動をいつでもシュミレーションできるようにしておきましょう。

〇発災から3秒後 の法則

(自助)
発災から3秒後の法則とは、とにかく発災直後は安全な場所を確保した上でそこから動かないということです。3秒間で安全な場所を確保すると言ってもいいでしょう。地震の発生で言えば、建物の中に居るのなら3秒間でドアや窓の近くに行き、そこから動かずに周囲の状況を見守るというものです。

〇発災から3分後 の法則

(自助)
3分間は周囲の様子を見ることが大事ですが、特に地震の時は揺れが収まるのを3分は待ちましょう。その間に、3分過ぎた直後にどう行動するかを次の視点で決めていきます。

・二次災害の発生を防ぐためにガスの元栓を確認したり電気のブレーカーを落とす行動
・保険証、通帳など最低限の貴重品を確保する行動
・最低限の生活用品を確保する行動

もし、自分自身が動けないような状態だったら、次のことを即座に確認するようにしましょう

・怪我等の状態確認
・救助を求める方法
・自力で脱出する方法

(互助)
3分間は自分のことで精いっぱいになりますが、できれば周囲を見て、逃げ遅れている人、避難が困難そうな人がいないかを確認しましょう。ただし、自分の身の安全を確保することが最優先です。3分間は状況を見守っていくようにしましょう。

〇発災から30分後の法則

(自助)
自分や家族の安全確保を優先します。被災の規模にもよりますが、大きな地震だったりする場合、遠くにいる家族の安否確認等はまだやらずにおきます。発災から30分間は周囲の被災状況確認やテレビ・ラジオからの情報収集に集中しましょう。

(互助)
周囲の人々の安全を確保する行動をとり、救助や救出の手伝いをするようにしましょう。自分が動けない場合は、大声を出すなりホイッスルを吹くなりして、とにかく自分の状況を他人に知らせる行動を取りましょう。救急治療の必要がある人を優先して協力し合うことは言うまでもありません。

〇発災から3時間後の法則

(自助)
発災から3時間後で、少し落ち着いて来た頃を見計らって、安全な場所から遠くにいる家族や親族に安否を伝達するようにしましょう。また、長時間の避難暮らしを想定した生活用品を確保する行動を取るようにしましょう。体温調整ができるグッズ(毛布等)やトイレの準備、飲料水や常備薬の確認等が必要となってきます。

(互助)
余裕があれば避難所のスタッフの手伝いをするとか、困っている人の情報を収集するといった行動を取りましょう。布団や毛布、扇風機等の防災備品を運んだりすることにも尽力しましょう。避難所によっては役割分担を決めると思いますので、積極的に何かの役割を担うようにしましょう。

3、4日前に、テレビ朝日系特番「タモリステーション」(3月7日午後8時)で、南海トラフ地震の脅威と備えを徹底検証する番組をやっていました。そこで私の生まれ故郷である高知県黒潮町が紹介されていましたが、この町が作っている「防災缶詰」も登場し、非常食として優秀であることをPRしていました。その裏番組として、NHKが、南海キャンディーズの山里 亮太をゲストにして「巨大地震シミュレーション 四国緊急対策室」という番組をやっていて、そこでも高知県黒潮町が紹介されていました。その番組では、黒潮町の津波避難タワーに登っても冬なので寒さに耐えられず、寒さ対策が課題だということが取り上げられていました。「防災缶詰」のような食料よりも、体温調整ができる環境整備が最優先であるという観点からすると、NHKの取り上げ方の方が優れていたように思います。

〇発災から3日後の法則

(自助)
大規模災害なら、発災直後から少なくとも3日間程度は救助・救急活動が優先されるため、混乱した状態がしばらく続くと思われます。 十分な情報がないまま、むやみに移動を開始することは大変危険です。まずは職場や学校、近くの一時滞在施設など、安全な場所にとどまることを考えましょう。家族や親族との連絡を取り合い、お互いに協力できるかどうかを確認する必要があります。また、飲料水や食料、衣服等の救援物資が個人的に充足しているかどうかにも気を配る必要があります。

(互助)
飲料水や食料、衣服等の救援物資が全体的に充足しているかどうかに気を配り、不足しているものは早急に取り寄せる等、外部との連絡体制を構築することに注力する必要があります。避難所の全員が団結できるように動くことを意識しましょう。

【巨大地震を前にした我々の生き方とは?】

テレビ朝日系特番「タモリステーション」では、番組の最後になって、津波避難タワーの近くに住む老人が、「避難はできん!年取って足腰が悪いから避難はできない」と言っていました。それを聞いて、私はある苦い体験を思い出しました。それは10年ほど前に故郷の高知県黒潮町に帰省した時のことです。帰省先は限界集落の村でしたが、ちょうどその時は防災訓練を行う日でした。どんな様子でやるのか見学していたところ、サイレンが鳴り、避難所になっている廃校に集まるようマイクで放送がありました。それからかなりの時間が経って、ポツポツと村人がやって来るのが遠くに見えました。その時の様子を見て私は衝撃を受けました。老人の1人がもう一人に肩を貸し、肩にもたれている人は足を引きずりながら歩いてくるのです。しかもそんな組が6、7組ありました。脳梗塞などで歩行が困難な人が思った以上に多かったのです。「こんな状況で避難なんて無理だ!」と思わず顔が歪んだのを覚えています。

故郷の人々を見ていると、「やはり避難を諦める老人は多いのかも知れない」と考えてしまいます。すぐ近くに津波避難タワーがあっても、その命を救う塔に関心を示そうとはしないご老人が何人も居ると思います。彼等は一体何の為に生きているのでしょうか?ただ自然に任せて生きようとはしていると思います。避難タワーの下で静かに塔の存在を否定しながら生きている彼等の生き方をどうこう言うつもりはないですし、言う権利もないでしょう。

彼等のことを考えていた時、ふと、自分達のことを考えるようになりました。南海トラフのような巨大地震の脅威に晒されながら生きている現代の我々は、いつ死ぬか分からない状況で生きているのです。

アップルの創業者で私の好きなスティーブ・ジョブズは、「もし今日が人生最後の日だとしたら、今日やろうとしていることは本当にやりたいことだろうか?」と自問自答することを勧める名言を残しています。これは、人生を大切に生きることを促す言葉として知られていますが、ジョブズ自身、不治の病で余命少ない時に演説した話の一節です。

私は「巨大地震を前にしていつ死ぬか分からない我々は、彼の言う様に自分の人生を振り返るべきではないか」と何度か自問してみました。しかし、少しシックリこないことに気づいたのです。どうもシックリこない。「何がだろう・・・?」としばらく考えてみましたが、結局、「今日が人生最後の日だと思って、自分が本当にやりたいことをやろうとしても、最後の日に自分も他人も亡くなっていく状況で、それをやることに何の意味があるのだ!」という感覚があって、それがシックリこない原因となっていることが分かりました。

明らかに、「自分だけ今日が人生最後の日である」という状況と、「皆が今日は人生最後の日である」という状況では、人生の捉え方が違って来るのです。前者では、自分が本当にやりたいことをやって自分の存在を他人に認めてもらうことができます。後者では、自分が本当にやりたいことをやっても、自分の存在を認めてくれる他人がこの世にいない確率も高く、この世にいたとしても自分のことを振り向く余裕などない状況となります。そんな状況で自分のやりたいことをやるというパフォーマンスに何の意味があるでしょう?

こう考えていると、巨大地震を前にした生き方なんて、考えるだけで絶望的になってしまいますが、NHKの番組「巨大地震シミュレーション 四国緊急対策室」で、ゲストで出演していた緊急医療の医師が言っていた言葉にハッとさせられました。その言葉とは、「少し“人のために生き残って人を助ける”という意識を持って欲しい」というものです。番組の最後の方に言われていた言葉ですが、これを聞いた瞬間、
「そうか、自分のやりたいことをやるとか、何かをやるとかではなく、生き残るという強い意志が必要なのだ」
「生き残るというその意志は、自分の命を大切にするとかではなく、人のために発揮すべきことなのだ」
という思いが湧き起りました。

つまり、「誰かのために生き延びる」という意識を強く持つこと……これが、巨大地震等落命の危機を帯びた運命を前にした生き方の指針になるのではないかと思えたのです。

自分のやりたいことをやるとか、何かをやるとかではなく、誰かのために生きること、生き延びて誰かに少しでも希望を与えること・・・。あるいは、生き延びることができなければ、生きていた証(あかし)を誰かのために残すこと・・・。「生き延びる」とは、「生の証を誰かに伝えること」と言っても良いでしょう。

ここで言う「誰か」とは、思い描いた特定の人でも良いですし、漠然とした人でも良いのです。しかし、「人のために生き延びる」という表現にはなりません。「誰か」なのです。その「誰か」とは、絶滅の危機を逃れて生き残った「誰か」です。そこには「人間は不滅の生きものである」という希望を込めています。

東日本大震災の後、よく「絆(きずな)」という言葉を聞くようになりました。この絆の核となる思想が「誰かのために生き延びる」というものになるのではないかと思われます。誰かのために生き、誰かのために存在し、誰かのために生き延びようとする、生に限界があるなら、誰かのために生きた証を残そうとすること・・・それが人間の絆(愛)を生み出すのだろうと思います。誰かから絆を与えてもらおう(愛してもらおう)とする姿勢では絆を築くことは難しいでしょう。

「避難はできん!年取って足腰が悪いから避難はできない」という人々の思いも分かります。
あるいは、「避難ができなくて助けようとする人に迷惑をかけるぐらいなら、早く死ぬ方がまし」という高齢者の気持ちも分からない訳ではありません。

それでも彼らには生きていて欲しいです。自分の為に生きることは諦めても、誰かの為に生き延びることは諦めないでいて欲しいです。また、誰かの為に生き延びようとする力は、自分の為に生きようとする力よりも生命力を高揚すると信じています。なので、彼らには、「誰かの為に生き延びる」ことの大切さをどこかで気づいてもらいたいと思っています。

以上のような思いを込めた「誰かのために生き延びる」という意志・・・私はこれを持って南海トラフ大地震の危機に直面する現世を生きる糧にしたいと思っています。

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