環境問題読本⑤~現代社会・地学・生物・化学の4教科にまたがり、国語・英語でも取り上げられる学際的テーマ、それが「環境問題」です。

記事
学び
5、環境ホルモン(environmental hormone)

(1)第三の地球環境問題(the third global environmental problem)
 19世紀に物質を人工的に化学合成することを覚えた人類は、20世紀、おびただしい種類の化学物質を生み出した。その数は10万種と言われ、身の回りのあらゆる所に使われています。生活の利便や生産の向上など、様々な恩恵をもたらしたこうした物質の中には、ダイオキシンをはじめ、生殖機能への悪影響が指摘されている物質もあり、こうした環境ホルモン(外因性内分泌かく乱物質=environmenal endocrine disruptor)に対する社会的不安が高まっています。原因物質としては、除草剤・殺虫剤に用いられるDDT、アトラジン、アミトールなど界面活性剤のノニフェノール、プラスチックの原料のビスフェノールA、船底の塗料部分の有機スズ、またPCBやダイオキシンなど10数種が挙げられ、一説には72種類あると言われています。実際には謎だらけと言ってよく、当初、因果関係が実証されたのは「有機スズでメスの貝にオスの生殖器」「農薬汚染でオスワニの生殖器退縮」「合成洗剤分解物でオス魚がメス化」「農薬によって野鳥の繁殖率低下」の4例だけでした。
 その後、ゴミ焼却場などで発生しやすい発ガン性物質ダイオキシンが、近隣に住む人の母乳の中から他地域の何倍もの量で検出され、旧文部省も1997年7月に学校内でのゴミ焼却を抑制・廃止するように通達しています。さらにディーゼル車の排ガスに含まれる微粒子(ディーゼル排気微粒子:DEP=Diesel Exhaust Particles、発がん性がある浮遊粒子状物質SPM=suspended particulate matterの一種です。粒子状物質PM=particulate matterも人体に悪影響を及ぼします)も、オスのマウスの精子形成を妨げるのみならず、メスの流産を引き起こすことが明らかになっています。
 そもそもこの問題が世界で注目されたきっかけは、1996年に米国で出版された『奪われし未来』(米国の女性科学者シーア・コルボーンら3人の共著)が告発したのが最初で、同著はDDTなどの農薬によって野性動物や人間に影響が出ていることを初めて警告した『沈黙の春』(1962年、米国の女性科学者レイチェル・カ-ソン)に次ぐ、「第二の『沈黙の春』」と呼ばれています。これは「大量生産・大量消費・大量投棄型」の社会構造が引き起こした問題であることは間違いなく、オゾン層破壊・温暖化に続く「第三の地球環境問題」という位置付けもされています。

(2)環境ホルモンの特徴と「新しい毒性」(characteristics of 
environmental hormones and “new toxicity”)
 環境ホルモンとは、身の回りに存在する合成化学物質のうち、生物の体内に入るとホルモンに似た働きをするものを指します。女性ホルモン作用が注目されてきましたが、男性ホルモンや甲状腺ホルモン、副腎皮質ホルモンのような働きをする物質もあると考えられています。本物のホルモンは次のような段階を経て働きますが、環境ホルモンはこのどこかの段階に作用し、余計な働きをすると考えられています。
①内分泌器官で作られる。
②内分泌器官に貯蔵され、必要に応じて放出される。
③血液で目的の場所まで運ばれる。
④ホルモン情報を細胞が受ける取り入れ口である受容体(レセプター)と結合する。
⑤その細胞に「たんぱくを作れ」「細胞分裂しろ」などの信号を出す。
 例えば、女性ホルモンが結合すべき受容体に化学物質がつくと、その細胞は「女性ホルモンが来た」と勘違いして、体をメス化する働きをすると見られています。つまり、環境ホルモンの問題とは従来の毒性試験では見過ごされてきた「新しい毒性」なのであり、直接的に毒として働くのではなく、ホルモン受容体と結合したり、ホルモンの放出・輸送・合成の異常を起こしたりするというわけです。しかも、ごく少量でも影響が出、生殖異常の影響が世代を超えるというやっかいな性質も持っています。

(3)POPs(残留性有機汚染物質:Persistent Organic Pollutants)条約
 ダイオキシンやPCB、農薬のDDTなどのように残留性や蓄積性、毒性、長距離移動性が高い物質は「POPs」(残留性有機汚染物質)と呼ばれ、これらの物質は、生殖能力を低下させる環境ホルモン作用も指摘されています。また、大気や水で運ばれ、南北両極域の海洋生物に高濃度で蓄積していることが分かり、世界的な規制の必要が指摘されるようになりました。このため、国連環境計画(UNEP)は12物質をPOPsに指定し、製造・使用中止と削減を国際的に進める「POPs条約」を2001年に採択しました。
 1950年代から1970年代にかけて様々な産業公害が社会問題化しましたが、発生場所や原因者がはっきりしており、規制や対策も比較的容易でした。しかし、POPsに代表される最近の化学物質の問題は、発生源も世界に散在し、影響も全地球規模に及んでおり、突き詰めれば、大量生産、大量消費、大量廃棄の生活様式を追い求めた現代人全体が生み出した問題とも言えます。

(4)ダイオキシン(Dioxin)
 ダイオキシンは「人間が作り出した史上最強の毒物」と言われ、米軍がベトナム戦争の「枯葉作戦」で枯葉剤に使い、奇形児誕生の原因となった化学物質です。自然界には本来無かった猛毒で、塩素を含む物質を元に、プラスチックの焼却や紙の塩素漂白などの過程で発生する。環境中では分解されにくく、食物・飲み水を通して摂取することが最も多く、胎児に奇形を起こさせたり、発がん性を高めたりします。環境ホルモンのように脂に溶けやすい物質は、「食物連鎖」(food chain)が進むにつれて体内に蓄積され、濃度が高くなっていきます。日本人のダイオキシン摂取量の約6割が魚を食べることによるのも、魚による「生物濃縮」(biological accumulation)の結果です。また、牛乳は母乳と比べればダイオキシン濃度が低いのは、牛は牧草をエサとし、生物濃縮の段階が少ないからです。
 日本のダイオキシンの9割はゴミの焼却によって発生し、このうちの8割余りが自治体の焼却場で、残りのほとんどが産業廃棄物処分場の焼却場からであるとされます。立ち上げ時など、燃焼温度が300~400度だと最も発生しやすく、発生を抑さえるには850度以上の炉温で連続運転させる必要がありますが、食べ残しの容器についた食塩やしょう油も原因になるとされ、有機塩素系の素材でできていない製品に切り替えることが一番の方法と考えられています。したがって、表示義務を課したり、プラスチック類をなるべく出さない、燃やさないライフスタイルへの転換が必要になってきます。2000年には、ゴミ焼却施設や各種の工場から出るダイオキシン類の大幅な削減を目指した「ダイオキシン類対策特別措置法」が施行され、「耐容1日摂取量」(TDI=tolerable daily intake、生涯摂取し続けても健康に問題がないとされる1日当たりの量)を体重1kg当たり4pg(ピコ・グラム、1pgは1兆分の1g)以下と定めています。現在の日本のダイオキシン対策は技術的には世界での高いレベルにあるとされますが、9割削減を達成しても日本の排出量は依然として世界一であり、単純な焼却処分からの脱却のために、リサイクル政策を一層強力に進めることが要求されています。今後は排出量動向の監視が重要となりますが、欧州では排出規制の次のステップとして、食品汚染への対策が注目されるようになっていると言います。

(5)ビスフェノ-ルA(bisphenol A, BPA)
 ビスフェノールAは合成樹脂や缶詰塗料などの原料で、1日数グラム以上が体内に入ると、女性ホルモンに似た生殖性が現れるとされます。日常生活の中でも微量摂取しており、人間の卵胞液や羊水中にも通常、1ミリリットル中に1~2ng(ナノ・グラム、1ngは10億分の1g)あることが確認されています。化学物質の毒性は濃度が低くなれば無視できるというのが常識ですが、この物質はこれまで無視されてきた安全基準値の10万分の1という極低濃度でも、マウスの胎児の前立せんを肥大させたり、生殖器形成に影響を与えることが分かっており、現在、人体の体内に存在するビスフェノールAより低い濃度でも影響が現れることが確かめられています。また、極めて低い濃度で人間の免疫機能を乱し、過剰になるとがんや老化につながると言われている「活性酸素」(active oxygen、活性酸素は、多過ぎると細胞の遺伝子を傷つける危険性が高まり、その結果としてがんや老化の原因になると見られています)を増加させる可能性があることも分かっています。
(6)続々と明らかになる異変
①「ミッシング・ベビ-・ボ-イズ」(missing baby boys、行方不明の坊やたち)
 米医師会誌1998年4月号に掲載された世界資源研究所(ワシントン)のデブラ・デービス博士の論文で、「出生時の男女比が先進各国で変化しつつある」という指摘がされました。普通は女の赤ちゃん1人に対し、1.06人の男の赤ちゃんが生まれますが、イタリアの化学工場爆発事故(1976年)でダイオキシンが飛散した汚染地域では、事故の9ヵ月後から8年後の間に生まれた子供の男女比が、女48人に男26人と大きく偏りました。血液中のダイオキシン濃度があるレベル以上の両親(9組)から生まれた12人の子供は全員女の子だったそうです。この報告に興味を持ったデービス博士が男女比関連の論文を検索し、ここ2年間に欧米の複数の研究者が「男の子の出生比率が落ちている」と相次いで報告していることに気付いたということです。
②女児の発育が早まっている(Girls are developing faster.)
 マウントサイト医大(ニューヨーク)のメアリー・ウォルフ教授の調査によると、女の子の第二次性徴が表れているかどうかについて110人の住民を調べたところ、9歳では白人は15~40%、中南米系では40%だけだったのに、黒人では70~80%に見られたと言います。また、従来はほとんど第二次性徴がないと言われてきた七歳の時点で、黒人女児の4人に1人の割合で性徴が見られた、という別の報告もあります。ウォルフ教授はアフリカ系住民の血中からは、DDTがヨーロッパ系(白人)の2倍も検出されていることから、DDTがホルモンバランスを崩し、第二次性徴を早めているのかもしれないとしています。
③男性の精子数が減少した(Decreased sperm count in men.)
 デンマークのスキャベク教授が1992年に、文献から20ヵ国、約1万5000人分の精液データを取り出して分析し、「過去半世紀の間に男性の精子数が半減した」というショッキングな論文を発表して衝撃を世界に与えました。国内でも、非配偶者間人工受精(AID)のために提供された約2万5000人の精液のうち、6000人分のデ-タを中間集計した吉村泰典・慶応大学医学部教授(産婦人科)らの研究によって、ここ30年間に日本人男性の精子数が1割ほど減っていることが確認されています。

(7)レイチェル・カーソンと『沈黙の春』(Rachel Louise Carson and “Silent Spring”)
 環境問題の古典とも言うべき『沈黙の春』は、農薬のために死の里と化した架空の町の描写で始まりますが、これは1962年6月に米「ニューヨーカー」誌に掲載されて、大きな反響を呼びました。カーソンが『沈黙の春』を書くきっかけとなったのは、ニューヨーク州ロングアイランドの住民グループが1958年2月に起こした訴訟でした。これは前年に米農務省は北部の広範な地域でマイマイガ駆除のため、農薬DDTの大々的な散布に乗り出しており、その結果、有機栽培の野菜が空からの農薬散布で真っ白になり、やがて芝生の野鳥の死骸が散乱し、川では魚が浮き、バッタ、ミツバチも息絶えるという事態に至ったことに対する訴訟でしたが、最高裁で住民敗訴となってしまいました。しかし、この裁判が残した膨大な訴訟資料はカーソンによって『沈黙の春』に結実し、米国だけで300万部を超すベストセラーとなるのです。その警告は着実に社会に浸透して行き、ケネディ政権では大統領科学諮問委員会が農薬使用の監視、規制強化の必要性を認める報告をまとめ、ニクソン政権では全米の環境行政を統括する環境保護局(EPA=Environmental Protection Agency)が設立され、そして1972年になるとDDTは全面禁止となって、農薬の毒性情報の開示とEPAへの登録が義務付けられるに至るのです。『沈黙の春』の改訂版(1994年)の序文で、アル・ゴア前副大統領は「『沈黙の春』は歴史を変えた。この本が無ければ、環境運動は遅れたか、始まらなかったかもしれない」と称えています。
 また、「化学物質を野放しにしてはいけない」というカーソンらの訴えは、「バーゼル条約」「環境汚染物質排出・移動登録制度」といった国際的な管理システムとして実を結びつつあることも特筆されます。

(8)シーア・コルボーンと『奪われし未来』(Thea Colborn and “Our Stolen Future”)
 カーソンが自然の外界の異変を指摘したとすれば、生体内の異変に着目したのが世界自然保護基金(WWF=World Wide Fund for Nature)顧問シーア・コルボーンです。彼女等の呼びかけによって、1991年7月に米ウィスコンシン州レイシンに世界から人類学、動物学などの研究者21人が集まり、そこで歴史的な「ウィングスプレッド宣言」を発表しました。これは「野生生物を脅かしているホルモンかく乱物質が人類の未来をも危険にさらしている」というもので、いわゆる環境ホルモン問題に注意が向けられた最初です。やがて、コルボーンらは1996年に「ウィングスプレッド宣言」を元に『奪われし未来』をまとめ、食物連鎖を通じて動物や人体に蓄積するPCB、ダイオキシンなどの化学物質の脅威を明かにしたのです。ちなみに同書は、環境問題研究のノーベル賞とも言われている「ブループラネット賞」を日本の財団から受賞しており、36の米国の大学で教科書に使われ、18の言語に翻訳されていると言います。
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