【コミュニケーション・スキル㉓】「人間」(にんげん)とは結局「人間」(じんかん)である
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②「情の流れ」は「水の流れ」と一緒
あるカウンセラーの原体験を見てみましょう。その人は老若男女の誰からも好かれる人ですが、元々は引っ込み思案だったそうで、それが変わる「きっかけ」となったのは、高校時代に母親に頼まれて、親戚の自閉症ぎみの子供の面倒をみたことだそうです。
彼はその子にあれこれと思いつく限りのことを話しかけますが、一向に反応がありません。野球の話とか関心・興味がありそうなことをふってみるのですが、とうとうお手上げとなりました。すると、その子はたまたま耳がかゆくなったみたいで、右耳に手をやりました。それを見ていた彼はすかさず同じように右耳に手をやったのです。それをじっと見ていたその子は、今度は左耳をポリポリやり始めたので、彼も間髪を入れずに左耳をポリポリしました。再びじっと見ていたその子は、今度は右手をゆっくり左肩に、さらに左手をゆっくり右肩にやって交差させました。そして、サッサッサッとすごい速さで右手・左手を引いたり置いたりしたのです。もちろん彼は間髪を入れず、同じようにサッサッサッとすごい速さで右手・左手を動かし、全くその子と同じことをしたのです。それをじっと見ていたその子は、初めてニヤっと笑いました。そこからポツポツと自分のことを話し始めたというのです。
この間、何の言葉も交わされていません。しかし、これは最高の「カウンセリング」と言えるでしょう。人の「情の流れ」は「水の流れ」と一緒なので、同じ高さになった時、自然に流れていくのです。この時、その子供の心の「水門」が開いたわけですね。
あるいは、ある小学4年生の不登校の男の子が先生に呼び出されて、宿題のプリントを受け取った時のことです。その男の子はその場でプリントを紙飛行機にしてしまい、教室の中で飛ばしてしまいました。もしもあなたがこの担任の先生だったら、どうしますか?「こらー、何やってんだ!」とか「先生はお前のこと、ずっと心配してたんだぞ!」とか思わず言ってしまいますか?実際にはこの先生は何と、自分も他の紙を持ってきて紙飛行機を作り、一緒になって飛ばしたそうです。すると、男の子は「先生、オレの話聞いてくれるか?」とボソッと言ったのです。そして、男の子は自分がなぜ学校に来なくなったか、今まで誰にも言えなかったその理由を話し始めました。
それによると、彼のお父さんがノイローゼで、お母さんは毎日悲しんでいて、自分は遊んでいても、いつもお母さんの悲しんでいる姿が浮かんでしまうというのです。それで友達と仲良くなっても、「いつかは家に連れて行かないといけない時が来るんじゃないか。でも、あのお父さんの姿を見せたくない」と思うと、仲良くなるのが恐くなり、学校でも友達が出来れば、「いつかは家に連れて行かないといけなくなるんじゃないか」と悩んだそうです。結局、彼が出した結論は「学校に行かないこと」だったのです。