【コミュニケーション・スキル㉒】「人間」(にんげん)とは結局「人間」(じんかん)である

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学び
①喜びも悲しみも、幸福も不幸も「人間関係」から生じる
 高校など学校を中退するケースは、たいてい「勉強」「健康」「人間関係」のいずれかが原因になっているとされ、会社で仕事に行き詰るケースは「業務不適応」「人間関係」「実績追及」「給与・評価問題」のいずれかが大きな比重を占めているとされます。いずれにせよ、家庭であれ、学校であれ、会社であれ、地域であれ、人との関わり合いの中で様々な営みがなされているわけですから、「人間関係」は人の喜びや悲しみ、さらには幸福や不幸といったものを大きく作用する要素、もっと言えばその源泉と言ってもいいかもしれません。ところが、この避けて通れない「人間関係」というテーマについて、系統的に組織だって学ぶ場はどこにもなく、「いきなり実践」「現場主義」的になってしまっているのが現状です。本当に困ったものです。
 ちなみに「コンプレックス(complex)」も人間関係の中で生まれるものです。これは「劣等感(インフィリアリティ・コンプレックス)」だけを指しているのではなく、「優越感(シュピリアリティ・コンプレックス)」「エディプス・コンプレックス(娘の父親に対する思慕・愛着)」「エレクトラ・コンプレックス(息子の母親に対する思慕・愛着)」なども全て「コンプレックス」であるように、元々「潜在的な複合観念」を指していますが、やはり問題となるのは「劣等感」でしょう。「自分は周りの人と比べて頭が悪い」「自分は中卒だから、高校中退だからダメなんだ」といった「学力コンプレックス」「学歴コンプレックス」はよく見られるところです。
 しかしながら、「いいな、鳥は空を飛べて」「岩がうらやましい」などとは普通の人はまず思わないように(詩人ならあるかもしれませんが)、コンプレックスは「対物関係」ではなく、あくまで「対人関係」の中で生じてくるものだということが分かります。つまり、「人間関係」の中で「比較」の結果、生じてくるものです。例えば、「学力評価」の無い幼稚園・保育園ではそういう「比較」はなく、「学力コンプレックス」は生じようがないでしょう。それが負けず嫌いに火をつけて「成功動機」となることもありますが、たいていはそのままにしておくと精神的成長の阻害要因となりかねないものなのです。
 したがって、「コンプレックスの悩み」というのは「人間関係の悩み」に他ならず、その克服は「人間関係上の工夫」にかかってきます。「人間」は「人の間」と書くように、人間にとって人間関係は本質に関わるものですので、ここで喜び・幸福感も生ずれば、悲しみ・不幸もまた生じてくるのです。これはどうしても取り組まざるを得ないテーマであると言えるでしょう。
 有名な経営コンサルタントの神田昌典氏によれば、いわゆるお金持ち、成功者と呼ばれる人達は強いコンプレックスの持ち主であったことが多いそうです。例えば、「子供時代、貧乏だった」「成績がよくなかった」等々ですが、逆にこういう人ほど「絶対見返してやる!」「絶対お金持ちになるんだ、成功してやるんだ!」という強い動機がバネとなって、実際にお金持ち、成功者になっている人が多いというのです。神田氏はこうした例をかんがみて、最初はこういう「マイナスの情念」を使った方がいいとまで言っています。それが最後までそのままなら、人間的にいただけませんが、成功すると今度は「心の修養」にシフトしていくわけです。したがって成功者の語る「成功哲学」には「心の修養」を説くものが多いのですが、これは成功したあかつきに必要になるのであって、これから成功しようと思っている人にはむしろマイナスになることすらあるというのです。
 自らを「月見草」にたとえ、常に国民に愛され続けた長嶋茂雄氏にコンプレックスを抱き続けた野村克也氏は、「コンチクショウ、コンチクショウ」と言い続けて、とうとう王貞治氏に次ぐ日本で第二番目のホームラン王となって、この分野では長嶋氏を抜きさっています。ある意味ではコンプレックスの強い人ほど、成功のために必要なエネルギーを豊かに持っているとすら言えそうです。
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