【コミュニケーション・スキル㉑】メンターは何人いてもいい

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③メンターに恵まれた人はメンターになる使命がある
 では、逆にメンター側の心がけとは何でしょうか?それは自分の持てるものは全て惜しみなく与えて、「自分以上の存在」にすることです。中には自分のすごさを見せつけたいというような動機の人もいますが、その下でメンター以上の存在が育つことはまずありません。実は「一子相伝」のように手塩にかけて育て、自分の全てを注いでも自分以上の存在にすることは出来ないのです。弟子はそのままでは師を超えることは出来ません。したがって、優れたメンターは足りない所は他から借りてきてでも与えようとします。すなわち、多くの人の手を借りて、よってたかって育てるようにするのです。
 ちょっと古いですが、山本鈴美香さんの『エースをねらえ!』を見ればよく分かりますね。宗方コーチが如何に優れた人でも、彼1人の力だけでは岡ひろみを超一級の人材に育てることは出来なかったでしょう。一体、どれほどの「本物」達が彼女のために愛情と技術と経験を注ぎ込んだことでしょう。ここまで投入されれば、「本物の中の本物」が生れないはずがありません。
 そして、もしもこのようなメンターに恵まれたとしたら、その人こそメンターにならなければなりません。受けた恩をメンター自身に返すことは到底不可能なので、今度は自分がメンターとなって次の人を育てるのです。その時、自分の経験をふまえてプラスαを必ず加え、さらには多くの人の手も借りて、「自分以上の存在」にすべく投入しなければならないのです。
 中には、人生の節目でこうした貴重な出会いを持っているにもかかわらず、それを十分生かすこともしないまま、今の周囲の人間関係に対する不満に満ちている人がいます。このような人はなぜ自分にとって決定的とも言える出会いをその時にしたのか、という意味を考えなければいけないでしょう。「その人に出会っていなければ今の自分はない」という出会いをしているならば、それはたまたま偶然に出会ったのではなく、出会わなければならなかったから、出会うべくして出会ったのです。「人事」というより「天事」、「天の配剤」とでも言うべきものでしょう。今度は自分を必要としている人がどこかにいるのに、自分の経験によってしか道が開かれないような人が必ずいるのに、自分のことしか考えていないとは、何ともお寒い限りです。
 ところで、実際に人間関係でひどい目に会い、傷つき、挫折した人は多くいますが、どんな大変な立場を通過した人でも、必ずといっていいほど人間関係を劇的に変えていく方法が「してもらってうれしかったことは+αして人にもしてあげる」+「されて悲しかったこと、してもらえなくて悲しかったことは絶対に人にしない」という2大原則です。
 傷ついた経験がある人ほど、人の優しさに敏感ですが、「あの時、自分の話をうんうんと聞いてくれてすごくうれしかった」とか、「この人だけが自分の良さを認めてくれた」といった体験を少なからず持っているものです。これは宝物と言ってもいいものですが、これをそのままにしていてはいけません。そうしてもらったうれしさ、ありがたさを分かっているわけですから、自分も他の人に対して同じようにしてあげるのです。しかも、自分なりの工夫として「+α」を加えていった上です。
 そして、逆に「あの時、こんなことをされて自分は本当に傷ついた」「こうして欲しかったのに誰もそうしてくれなかった」といった体験もたくさんあることでしょうが、これを絶対に人に向けてはいけません。「自分もこんな目にあったんだから、人にも」という発想は「復讐の心理」であり、復讐が復讐を呼んで繁殖していくことになります。ここで重要なことは「私が味わったような思いは私の所で終わらせる」「自分の所で悪い流れは断ち切る」という強い決意なのです。家族関係で悲惨な思いを味わった人も、友人関係で裏切られた人も、恋人関係で傷ついた人も、「この私(他の誰かではありません)を人間関係の転換点とする」と思い切れた時から、人間関係は変わり始めるのです。
 具体的にこの2原則を実行していくと、時間はかかりますが、人間関係は劇的に変わっていきます。誰かが自分を頼りにするようになり、誰かのために「必要とされる自分」に喜びを感じるようになった時、「うらみつらみ」や「くよくよ」からなかなか脱却できなかった段階を一つ超えたことを感じるでしょう。
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