管仲:法家思想の淵源。経済を重視して民生を安定させ、人民の道徳意識を高めて教化するなど、利と徳を原則とする政治を行って、信賞必罰の原則を確立し、斉の富国強兵を推進しました。
商鞅:秦で変法を断行し、身分などに左右されない信賞必罰の原則を徹底して秦を強国にしますが、ここでヨーロッパでも中世まで見られない「立法」行為が行われていることが注目されます。これは時代の変化や現実の必要に応じて法律を作ることで、倫理規範は堯・舜・禹といった古代の聖王が作ったもの(先王の道)で新たに作り出すものではないとした儒家思想や、自然の理法を発見しようとするストア派の「自然法思想」とは対照的です。ちなみに、1970年代前半、文化大革命の末期に中国で展開された、林彪と孔子を批判する運動「批林批孔運動」では、法家系統の政治家の第一人者として商鞅の思想と行動を高く評価していました。
申不害:老荘思想に基づいて刑名の学を唱え、「法」の運用の仕方である「術」を説いて、韓の宰相として国力の強化に努めました。
刑名の学:行動の形(実質)である「刑」と行動の評価である「名」の一致を厳しく求めた一種の法律学。
韓非子:法家。荀子の「性悪説」と老子の「無為」を学んだ上で、儒家の仁愛という考え方、徳治主義を無力であると批判し、「商君の変法」と呼ばれる政治改革を行って秦の富国強兵、中央集権化に成功した商鞅(しょうおう)の「法」(人民を制御する法律を作ること)と申不害の「術」(法律を施行するために行政官僚を駆使する統治技術)を総合して、法と刑罰による信賞必罰の仕組み(法術)でなければ社会秩序の維持や国家の統治はできないとする法治主義を説き、法家思想を大成しました。『韓非子』。西洋において、宗教と政治を分離して政治を科学的に研究し、『君主論』を著して近代政治学の祖となり、マキャヴェリズム(権謀術数)の語源となったマキャヴェリとよく比較されますが、韓非子の方が千七百年も先立っています。
「逆鱗(げきりん)に触れる」(『韓非子』):龍のあごの下に逆さに生えた鱗(うろこ)に触れると、龍が怒ってその人を殺すという故事から、主君を諌めてその怒りを受けること(逆鱗に触れぬよう、主君を説得すべきだということです)。
「守株」(『韓非子』):旧来の方法に固執して、新しい状況に対応できないこと。韓非子は古代の聖人の方法に固執する儒家の愚かさを批判しました。
「矛盾」(『韓非子』):矛と盾を売る商人の食い違った説明から、前後のつじつまが合わないこと。儒家が理想とする聖人堯が天子の時、臣下である舜が奔走して世の乱れを直し、堯が舜に禅譲した故事について、「堯が聖人ならばなぜ天下が乱れたのか。また、天下が乱れなければ舜の活躍はないから、両立しない」と、儒家を批判しました。
法家思想:欧米法は民法中心で、人権思想を根底に持ち、絶対性・一義性・抽象性を特徴とする近代的所有概念を中心とする近代民法が誕生しますが、中国法は刑法中心で、しかも法家思想の伝統を受け継ぐ統治術であって、人権思想を根底に持ち、罪刑法定主義を中心とする近代刑法には至っていないとされます。また、中国においては、ユダヤ教・イスラーム教のごとく、世俗法即宗教法で僧(俗人と聖者との媒体はいないため、イスラーム教の法律家(ウラマー)のごとく、僧の機能代替者として法律の最終的解釈を行うのが官(行政官僚)です。したがって、日本の官僚による行政指導なども近代法に基づくものではなく、法術の発想とされます。