約7年間の牡牛座時代を経て、7月7日についに天王星が双子座へと移動しました。七夕というのが、どことなく双子座のシンボルを思わせます。
天王星は一つのサインを約7年という長いスパンで移動し、人の一生に近い年月をかけて12サイン全ての時代を一周するので、これを読んでいるくらいの年齢の方だと、現在地である天王星双子座時代もほぼ最初で最後の経験かと思います。
天王星はその時代の時流、風のようなもの。ジャンプして壁を超える時に、その時代の風に乗るとうまくいきやすいところがあると思いますが、反面、どこか行きすぎたり健全でないことで風に乗っていた場合、後に後悔することになるかもしれません。7年という歳月は、振り返ると、満足も後悔もずっしりと重くのしかかってくるくらいの長さです。
安全と所有への欲求、承認欲求を経て
天王星が牡牛座にいた過去7年は、牡牛座サインが求める物理的な世界での安全や所有、お金に焦点が当たっていました。コロナ禍での安全、所有していたものの突然の変化。新しい形式のお金の流通がメジャーになり、サブスクや課金、フリマアプリなど、お金や物質にまつわるサービスが広く普及しました。
しかし、物理的な世界(physical reality)での安全安心というものをさらに深く見てみると、実際のところ、お金だけあっても安全安心ではなく、世間的な面での安全安心というものが私たちの身に大きく関わっていることがわかります。
普通の家庭である、自国民である、学校に通っている、人並みの職に就いている、結婚している、子供を持っている、家を建てた、果てには入る墓があるかなどまで、「一般的」とか「理想的」と思われていること、ライフステージごとに得る肩書き、そこからあぶれていないことによる身の安心。そんな「世間的な所有」にまつわる厄介な安心もまた、牡牛座サインが意味するところです。
気持ちの面よりも世間的な安定のために上記のようなことを追い求めている場合も多いと思いますが、ちょうどマッチングアプリなどがメジャーになったのが、牡牛座が天王星に入った頃のようでした。
一方で、天王星は反骨精神旺盛な天体で、とりわけ既存社会の枠組みによって権利や自由を奪われ立場が弱くなることに反発し、改革を目指します。牡牛座が表す上記のようなことと関連して、家父長制やホモソーシャル社会の仕組みなどについて、ここ数年でかつてないほど掘り下げられ、可視化されてきました。それによって、世間的な肩書きに囚われないオルタナティヴな選択肢を取る人も以前よりは増えました。
安心を求める気持ちは時に、外から認められて安心を得る欲求となるため、SNSで「いいね」などを追い求める、承認欲求MAXの時代でもあったかと思います。どこかしらで承認欲求に振り回された人も多いのではないでしょうか。一方で、世間の価値観ではなく自分自身の価値観を再認識した人もいるでしょう。
天王星は来年の4月までは逆行の影響で一旦牡牛座に戻る期間があるため、これらの風潮もしばらく続くかもしれませんが、それ以降はちょっと気分が変わってきて、外から承認されることで安心感を得たいとか、何がなんでも安定したいという気にさせる時代の空気は少し落ち着いてくるのではないかと思います。
これからの天王星双子座時代は、むしろ、安定していない状況を話せる人の方が共感を呼びそうですし、そういった世間話のような対話やコミュニケーションが何らかの形でフォーカスされてくることが多いかもしれません。双子座は表があれば裏を見せずにはいられないので、外から見ただけの幸せや見せかけの整然は、結果的に暴かれるような傾向があります。
安定志向から柔軟性へシフト
双子座というと、粘り強く同じことをコツコツ続けて安定を得るような牡牛座の性質とは全く異なり、変わりやすく、好奇心旺盛で色々なことに手を出し、ひと所に留まりません。ちょっと手をつけたら「はい、次!」という感じで、次々と新しいことに手を出すイメージです。長続きしないのですが、柔軟な対処ができるということでもあり、そのようなモードのものがトレンドになりやすそうです。
サイン移動の影響は、天体がそのサインに入るよりも2年くらい前から徐々に出始めているのを感じますが、天王星双子座的なものでパッと思いつくものが、TikTokやYouTubeショートの流行、スキマバイトの浸透などです。双子座は複数であることを意味するので、副業や人が入れ替わり立ち替わり出入りするようなものと関係が深いです。
色々なことに手を出すことになりやすいため、時間がない気持ちや、「時は金なり」ということで、コスパよりもタイパに焦点が当たってきます。そういう時代のモードなため、焦ったり、情報過多で考えすぎて注意散漫になったり、ADHDのような感じで気持ちが不安定になることがあるかもしれません。そんな時はメディアから距離を置いて気持ちを落ち着けたり、焦点を絞るように心がけたいものです。
言葉が幅を利かせる
「言葉」「コミュニケーション」を表す双子座。チャットGPTなどまさにこの時代の産物だと思いますが、双子座天王星時代は新しい形のコミュニケーションが生まれたり、口数の多いもの、饒舌なものが好まれる傾向がありそうです。好むと好まざるとに関わらず、どうしても言葉で伝えなきゃいけない、言葉を使わなきゃいけない場面が増えたり。教育(特に義務教育)も何かしら新しい形のやり方や選択肢が以前より広がり、自由度が増していくかもしれません。
双子座は動きが多く目まぐるしく変わるイメージですが、激動の時代と言われるような第二次世界大戦の戦中戦後や、幕末の時代が天王星双子座時代でした。そんな時代に使われるプロパガンダなども双子座的だなと思います。
とても頭が回るサインなので、マーケティングのような、マスに訴えかける最大公約数の数多な知識と言葉を駆使した戦略など、トリッキーなこととも関係が深いです。『べらぼう』で描かれる吉原のメディア王の蔦屋重三郎がフォーカスされているのもこの時代らしいなと感じました。調べてみると、実際に彼が出版で有名になった20代半ばごろは天王星双子座時代でした。駆使され装飾された言葉と裏にある現実の二面性、まさにそういうものを表すのが双子座です。
人間が言葉で他の動物を凌駕し地球を支配してきたように、いつの時代も言葉は何よりも幅を利かせています。宗教も実態はただの言葉です。言葉というものは本来、気持ちを伝えたり、何かの助けになったり、コミュニケーションをとって繋がるために存在するものだと思います。しかし、口さえ上手ければ、実際は違ってもどれだけでも良いものと思わせることができるし、どれだけでも立派な人のように見せることができます。言葉がコントロールや支配、詐欺に利用されるのも現実。言葉だけ、口だけということに気づくこともあります。この時代はそういうことに特に気をつけたいところです。
内へ向かう社会
牡牛座ー双子座ー蟹座までの流れは、外の世界よりも、どうしても内へ向かっていくような流れがあります。海外よりも国内のこと、遠くのものよりも近くのもの、外へ出るよりも家や日常生活のことで必死にならざるをえないような、そちらに目を向かわせるような風潮です。過去7年の牡牛座時代のコロナ禍からお膳立てされたように、世界は自国のことに向かっていて、このような内向きの流れというのは第二次世界大戦の戦前から戦後にかけても共通していたことでしょう。
もちろん、個人生活は社会の影響を直に受けるので、コロナ禍はロックダウン、ステイホームなどで外へ出ることもままならず、ましてや海外へ行くことはできませんでしたし、日本では円安の影響が未だ続いています。物価高で生活のことで手一杯で、外に目を向ける余裕もなくなっています。遠くを見つめるよりも手の届く範囲でやっていかなければという状況は、多くの人に共通しているのではないでしょうか。
近年の映画でよく描かれるヴィレッジサイコものも、なんとなく天王星双子座時代の流行みを帯びている感じがするのですが、村のような近隣の社会、「ここにあるもの」を双子座は示すので、そういったことがクローズアップされる傾向なのです。個人ではなく世の中のモードとはいえ、手の届く範囲、近場のもの、ここにあるものがフォーカスされるとなると、なんとなく狭い世界に閉じ込められたようで意気消沈する人も少なくないかもしれません。ただ、双子座の対岸にあるサインは射手座。射手座が表す海外からの干渉はむしろ入ってきやすいです。
以上のことは時代的なモードなので、だから自分がどうなるということではありません。ただ、時代に振り回される部分は誰しも多かれ少なかれあります。そこに気をつけながらも、今あるもの、今できることで良い方向へ進んでいきたいですね。近隣から得られるものは多くなると思うので、それを上手に利用するのも良さそうです。
「ここ」に囚われる必要はないですが、ここにあるもの、ここにある美やここにある問題、ここにある現実を無視して遠くを見ても、冷たい砂の城しか築けないのかもしれません。