長年の悲願だった【平等院鳳凰堂】に行ってきました。
10年ほど前に行ったときは工事中で、何も見られず…
今回は朝から、行ってきました。
朝ぼらけ うぢの川霧 絶へ絶へに あらはれ渡る 瀬々のあじろぎ
娘の好きな百人一首の歌です。
沙織も宇治川の周辺は大好きで、京都のはずれにあるこの地は
何回か訪れている場所です。
藤原頼通様は 父親の道長様ほど権力に興味がなかったようです。
時代の移り変わりを知っていたのでしょうか?
頼通さまの声が感じられました。
権力がなかったら、こんな建物は作れなかった。
そのための権力は手に入れた。
でも、自分が欲しかったのは権力ではない。
衆生を救いたかった。
仏の前では皆、同じ。
私も一人の人間に過ぎない。
民が仏を参り、この世の極楽を感じることで、幸せになってほしかった。
皆、いつか、旅立つ。
この世のことは一時のこと。苦しくても幸せでも…
私は父ほど、後宮にも政治にも興味がなく、
ただ、苦しくて、仏にすがった。
そういう民のためにコレを造った。
そんな感じのお声でした。
庶民の仏教になっていくまでは院政を経て、鎌倉時代まで、
時間はかかります。
でも、その先駆けだったんだなあ…
と思いました。
一説には『権力誇示』のために建造されたという【平等院鳳凰堂】ですが、
私が感じた頼通さまのお声はそんな感じではありませんでした。
救われたい思いは、民と一緒だったんだなあ、と思いました。
権力闘争を終わらせたい、そんな思いもあったのかもしれません。