弟は、私が忘れた一言を、ずっと、覚えていた。

弟は、私が忘れた一言を、ずっと、覚えていた。

記事
コラム
弟は、私が忘れた一言を、ずっと、覚えていた。

私には、三つ下の、弟がいます。

・・・

子どものころの私は、
とにかく、一番じゃないと、気が済まなかった。

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負けるのが、嫌で。

自分が、いちばん、じゃないと。

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そして、その矛先は、
たいてい、弟に、向きました。

・・・

気に入らないことがあると、
弟に、当たる。

できないことを、見つけては,
馬鹿にする。

・・・

正直に言えば、
ずいぶん、意地悪な兄でした。

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でも、不思議なんです。

・・・

そんな私を、弟は、
いつも、追いかけてきました。

・・・

私が柔道を始めれば、弟も、道場へ。

私がテニス部に入れば、弟も、テニス部。

・・・

高校まで、私と同じところを、受けて。

そして、落ちました。

・・・

私は、それすら、笑っていました。

「なんで、ついてくるんだよ」って。

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やがて、私は、大学へ。

家を出て、一人暮らしを、始めました。

・・・

弟は、高校を出て、
アメリカの大学に、留学しました。

・・・

卒業して、日本に、帰ってきて。

・・・

でも、時代が、悪かった。

ちょうど、就職氷河期。

どこも、採用の門を、固く閉ざしていた頃です。

・・・

留学までしたのに,仕事が,決まらない。

・・・

実家で、働き口を探しながら,
両親には、「働け、働け」と、言われて。

・・・

出口の見えないまま、
もやもやと、していたようでした。

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そんなある日。

私が、たまたま、実家に、帰ったときのことです。

・・・

私は、弟に、言いました。

「そんなに、焦らなくても、いいんじゃないか」

「ゆっくり、決めれば,いいんだよ」

・・・

深く、考えて、言ったわけじゃ、ありません。

・・・

私自身が、芝居など好きなことをして
自由に、生きてきた人間だったから。

・・・

人生は長いんだから,
いろいろ試せばいい。

・・・

ただ、それだけの,
軽い、ひとことでした。

・・・

正直、言ったことすら,
私は、忘れていました。

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それから、二十年ほど、経った、ある日。

・・・

弟が、ふと、言ったんです。

・・・

「兄ちゃん、あのとき」

「そう言ってもらえたことで,
本当に、気持ちが、救われたんだ」

・・・

「そんなに、焦らなくていいんだって」

・・・

「あの時は、本当に,ありがとう」

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私は、言葉に、詰まりました。

・・・

そうだったのか。

・・・

あんな、軽い一言を。

しかも、言った本人が、
忘れているような、一言を。

・・・

弟は、二十年も、
胸に、しまっていた。

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気恥ずかしくて。

でも、それ以上に,
うれしかった。

・・・

あんなに、意地悪だった兄に。

さんざん、当たって、馬鹿にしてきた、この私に。

・・・

そんな気持ちを,
持っていてくれたなんて。

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あのとき、出口が見えずにいた弟は。

・・・

今では、留学で身につけた語学力を活かして。

ある会社で、輸入の仕事の、責任者を、任されています。

・・・

社長の通訳として,
海外を、飛び回っている。

・・・

同じ高校に落ちて、私に笑われた、あの弟が。

・・・

その弟を、今は、
心から、誇らしく、思います。

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今でも、私は。

子どものころの自分の性格を、
振り返っては、悔やみます。

・・・

なんて、嫌な兄だったんだろう,と。

・・・

その気持ちは,たぶん,
これからも、消えません。

・・・

でも。

あの日の、弟の言葉を思い出すと。

その悔いが、ほんの少しだけ,
やわらぐ気が、するんです。

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今、弟とは。

お互いの子どもを、連れて。

いっしょに、遊びに行く仲です。

・・・

ラウンドワンで、子どもたちが,
はしゃいでいるのを、眺めながら。

・・・

私は、ときどき、思います。

・・・

いちばんに、なりたくて。

弟を、押しのけてばかりいた、あのころの私は。

・・・

いちばん大事なものが,
すぐ隣に、いたことに。

・・・

ずっと,気づかずに、いたんだな、と。

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