弟は、私が忘れた一言を、ずっと、覚えていた。
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コラム
弟は、私が忘れた一言を、ずっと、覚えていた。
私には、三つ下の、弟がいます。
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子どものころの私は、
とにかく、一番じゃないと、気が済まなかった。
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負けるのが、嫌で。
自分が、いちばん、じゃないと。
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そして、その矛先は、
たいてい、弟に、向きました。
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気に入らないことがあると、
弟に、当たる。
できないことを、見つけては,
馬鹿にする。
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正直に言えば、
ずいぶん、意地悪な兄でした。
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でも、不思議なんです。
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そんな私を、弟は、
いつも、追いかけてきました。
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私が柔道を始めれば、弟も、道場へ。
私がテニス部に入れば、弟も、テニス部。
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高校まで、私と同じところを、受けて。
そして、落ちました。
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私は、それすら、笑っていました。
「なんで、ついてくるんだよ」って。
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やがて、私は、大学へ。
家を出て、一人暮らしを、始めました。
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弟は、高校を出て、
アメリカの大学に、留学しました。
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卒業して、日本に、帰ってきて。
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でも、時代が、悪かった。
ちょうど、就職氷河期。
どこも、採用の門を、固く閉ざしていた頃です。
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留学までしたのに,仕事が,決まらない。
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実家で、働き口を探しながら,
両親には、「働け、働け」と、言われて。
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出口の見えないまま、
もやもやと、していたようでした。
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そんなある日。
私が、たまたま、実家に、帰ったときのことです。
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私は、弟に、言いました。
「そんなに、焦らなくても、いいんじゃないか」
「ゆっくり、決めれば,いいんだよ」
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深く、考えて、言ったわけじゃ、ありません。
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私自身が、芝居など好きなことをして
自由に、生きてきた人間だったから。
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人生は長いんだから,
いろいろ試せばいい。
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ただ、それだけの,
軽い、ひとことでした。
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正直、言ったことすら,
私は、忘れていました。
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それから、二十年ほど、経った、ある日。
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弟が、ふと、言ったんです。
・・・
「兄ちゃん、あのとき」
「そう言ってもらえたことで,
本当に、気持ちが、救われたんだ」
・・・
「そんなに、焦らなくていいんだって」
・・・
「あの時は、本当に,ありがとう」
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私は、言葉に、詰まりました。
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そうだったのか。
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あんな、軽い一言を。
しかも、言った本人が、
忘れているような、一言を。
・・・
弟は、二十年も、
胸に、しまっていた。
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気恥ずかしくて。
でも、それ以上に,
うれしかった。
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あんなに、意地悪だった兄に。
さんざん、当たって、馬鹿にしてきた、この私に。
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そんな気持ちを,
持っていてくれたなんて。
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あのとき、出口が見えずにいた弟は。
・・・
今では、留学で身につけた語学力を活かして。
ある会社で、輸入の仕事の、責任者を、任されています。
・・・
社長の通訳として,
海外を、飛び回っている。
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同じ高校に落ちて、私に笑われた、あの弟が。
・・・
その弟を、今は、
心から、誇らしく、思います。
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今でも、私は。
子どものころの自分の性格を、
振り返っては、悔やみます。
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なんて、嫌な兄だったんだろう,と。
・・・
その気持ちは,たぶん,
これからも、消えません。
・・・
でも。
あの日の、弟の言葉を思い出すと。
その悔いが、ほんの少しだけ,
やわらぐ気が、するんです。
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今、弟とは。
お互いの子どもを、連れて。
いっしょに、遊びに行く仲です。
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ラウンドワンで、子どもたちが,
はしゃいでいるのを、眺めながら。
・・・
私は、ときどき、思います。
・・・
いちばんに、なりたくて。
弟を、押しのけてばかりいた、あのころの私は。
・・・
いちばん大事なものが,
すぐ隣に、いたことに。
・・・
ずっと,気づかずに、いたんだな、と。
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えんたく|迷い整理タロット
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