親父は、床屋でだけ、しゃべっていた。

親父は、床屋でだけ、しゃべっていた。

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ー えんたくの、しずかな物語 ー

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その床屋に、俺は、三十年、通っていた。

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主人は、無口だった。

「いつものように?」と、聞く。

俺は、「ああ」と、答える。

それだけ。

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あとは、ただ、髪を、切る音。

しゃきん、しゃきん、と。

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会話なんて、いらなかった。

仕事で、家庭で、しゃべり疲れた俺には。

何も、話さなくていい、この椅子が、唯一の、休息だった。

・・・

ある日、店に、貼り紙が、あった。

「今月で、閉店します。長い間、ありがとうございました」

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最後の日。

俺は、最後の客として、その椅子に、座った。

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しゃきん、しゃきん。

いつもの、音。

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切り終わって。

主人が、初めて、自分から、口を、開いた。

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「あんたが、初めて来たの、覚えてるよ」

「中学の、入学式の、前の日だ」

「お父さんに、連れられて、な」

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俺は、覚えていなかった。

そんな昔から、ここに、来ていたのか。

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「お父さん、無口な人だったろう」

「うちでだけ、よく、しゃべってたよ」

・・・

え。

親父が?

・・・

「あんたの話を、な」

「『うちの息子が、今日、こんなことを言った』『今日、こんな顔で、笑った』って」

「それは、それは、嬉しそうに」

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俺は、鏡の中の、自分を、見た。

・・・

親父は、俺の前では、ほとんど、しゃべらなかった。

褒められた記憶も、ない。

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ずっと、認められていない、と、思っていた。

親父が死んだ、今でも。

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その親父が。

この、無口な床屋でだけ。

俺の話を、自慢していた。

・・・

主人は、鏡ごしに、笑った。

「あんた、お父さんに、そっくりになったよ。後ろ姿が、な」

・・・

俺は、店を、出た。

そして、その足で、家に、電話を、かけた。

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来週、中学に上がる、息子に。

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「来週、入学式の前にな」

「父さんと、床屋、行こう」

「いい店、探しておくよ」

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最後まで、読んでくださって、ありがとうございます。

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いちばん近くにいる人の、本当の気持ちほど。

本人の口からは、聞けないものです。

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照れだったり、不器用さだったり。

「言わなくても、わかるだろう」だったり。

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でも、わからないんです。

言われないと。

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私は、タロットで、

その「言われなかった気持ち」を、視ています。

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もう聞けなくなった人の心も。

すれ違ったままの相手の心も。

カードを並べると、別の形で、受け取り直せることがあります。

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対面では、ありません。

文章でご相談をいただいて、鑑定書という手紙で、お返しします。

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