ー えんたくの、しずかな物語 ー
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その爺さんは、毎日、来た。
そして、毎日、文句を言った。
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「味が落ちた」
「米が硬い」
「昔は、もっと旨かった」
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俺は、親父から継いだ、町の定食屋の二代目だ。
うんざりしていた。
そして、それ以上に、知っていた。
文句は、正しい、と。
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俺には、親父ほどの腕がない。
常連が減り続けている。
あの爺さんの言う通り、味は、落ちた。
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だから、言い返さないと、認めることになる。
「うるさいなあ、爺さん。文句あるなら、来なきゃいい」
俺が言い返すと、爺さんは、なぜか、満足そうに、帰っていく。
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ある日から、爺さんが、来なくなった。
一週間、十日。
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なんとなく、気になって。
常連仲間に聞いた住所を頼りに、俺は、爺さんの家を訪ねた。
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爺さんは、入院していた。
近所の人が、教えてくれた。
「あの人、もう、耳がほとんど聞こえないし、舌も、味がわからなくなってたのよ」
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え。
じゃあ、あの「味が落ちた」は。
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病院に、行った。
ベッドの脇に、古い菓子箱が、置いてあった。
「あんたのこと、よく話してたよ」と、看護師さんが言う。
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箱を、開けた。
入っていたのは、割り箸の袋。
何百本も。
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一本ずつ、日付と、小さな字が、書いてあった。
『今日は寒いねと、言ってくれた』
『また来たのか、と笑ってくれた』
『うるさい、と言ってくれた』
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爺さんは、文句を言うと、俺が、必ず、言い返すのを、知っていた。
味なんて、もう、わからない。
ただ、俺の声が、聞きたかった。
一人きりの家に、帰る前に。
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文句は、釣り針だった。
俺の一言を、釣り上げるための。
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俺は、思った。
自分の店が嫌になって、親父に負けた自分を隠すために言い返していた、その荒い声が。
あの爺さんの、その日の、宝物だったのか、と。
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俺は、箱から、割り箸を一本、抜いた。
袋に、書いた。
『爺さん、味が落ちたって、もう一回、言いに来いよ』
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それを、爺さんの、痩せた手に、握らせた。
爺さんの目尻が、濡れて、光った。
聞こえていないはずの耳が、ちゃんと、聞いた顔だった。
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最後まで、読んでくださって、ありがとうございます。
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人が、いちばん言いたいことは。
口にする言葉と、逆のことが、あります。
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「もう、いい」が、ほんとうは「行かないで」だったり。
「味が落ちた」が、「また、会いに来た」だったり。
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私は、タロットで、
その言葉の、裏側を、視ています。
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文句や、強がりの下に、隠れている、ほんとうの気持ち。
カードを並べると、そこが、見えてくることがあります。
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もし、あなたにも。
うまく言葉にできない、もやもやがあるなら。
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対面では、ありません。
文章でご相談をいただいて、
鑑定書という手紙で、お返しします。
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えんたく