詩論Ⅱ

記事
音声・音楽
                   北村 敦
詩とは、虚偽虚飾なき真実の
自己表現のことをいうのであろう?

しかし、本物の詩はそれだけでは駄目だ。
何とかこの人を
蘇生の泉、希望の園へ導きたい、
何とかあの人を
知恵の森、勇気の峰へ導きたいとの想い、
それから、
妙なる心のリズムと命の調べが、
言葉の中に、詩の中に、
脈動していなければ失格なのだ。

だとすれば詩作とは、
全く困難な作業じゃないか。

まるで、現実という楽譜の上に、
理想という音符を刻印する、
それは音楽じゃないか!

詩とは、虚偽虚飾なき真実の
自己を生きる中から生まれるのであろう?

人生という起伏ある道の途上で、
成功しても浮かれず、失敗しても沈まずに、
ぎゅっと歯を食いしばり、かっと目を見開いて、
自己の使命に食らいつきながら生きていく
姿勢から生まれるのであろうか?

だとすれば、詩作とは、
途方もなく困難な作業じゃないか。

まるで真っ白な画布の上に、
真っ赤な命を塗りたくる、
それは芸術じゃないか!

ああ、いつの日か僕の体から
赤い血が枯れてしまうことだろう。
けれど、悲しむことはない。
僕の生が本物なら、
僕が死んでも詩は枯れず、
僕の詩は、僕の意志となって、
誰かの心に生き続け、
新たな生を、
意気揚々と歩き始めることだろう。





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