― シリーズ「心が限界を超えたとき」―
離婚を経て、生活のために介護職として働きはじめる。
最初は、利用者さんと仲良くなれると思っていた。
毎日、笑顔で声をかけ、細やかな気遣いを忘れずに。
利用者さんの小さな変化にも目を配り、家族にも丁寧に接した。
それが、佳奈にとっての「相手のために」だった。
けれど、ある日些細なことで事件は起きた。
利用者さんが、私が家の前に置いた自転車の置き方が
気に入らなかったらしく、
「最初から気に入らなかった。あんたがきたら、
うちの子おかしくなるから、もうこないで」と告げられたのだ。
佳奈はすぐに謝った。
でも、謝っても関係はぎくしゃくしたまま。
それまでの努力や心遣いは、何も届いていないように思えた。
そして、担当から外れた。
その後、どうしても人手が足りないとき、
「佳奈さんでもいいから来てほしい」と利用者さんからから依頼される。
しかし、担当者は「そんなことはできない」と断ってくれた。
喜ぶべきはずの依頼も、心は複雑だった。
「自分の存在は、本当に必要とされているのか。」
「相手のためにやっているつもりが、果たして本当に役立っているのか。」
佳奈の心は葛藤でいっぱいだった。
「何がいけなかったのか。」
「なぜ、私の努力は報われないのか。」
「相手のためにやっているのに、どうしてこうなるのか。」
そんな中で、佳奈はある気づきを得る。
「相手のために」と思っていたけれど、実は自分の満足だったのかもしれない。
自分が正しいと思う気持ちを優先していただけではないか。
善意のつもりでしていたことが、相手には重荷になっていたのかもしれない。
介護の現場は、正しさだけでは割り切れない。
受け入れること、相手の状況を尊重すること。
それが、思いもよらぬ出来事に翻弄される日々を生き抜くために、
どうしても必要な力なのかもしれない。
佳奈は、悔しさと悲しみを胸に、少しずつ自分の心を整理していった。
「相手のために」ではなく、「受け入れること」
その小さな変化が、佳奈の心を守る最初の一歩になったのだった。