より高い愛の視点で捉える
記事
学び
こんにちは。
光の翼 ここみんです。
いつもブログをお読みくださり、
ありがとうございます♪
サービスを提供する側は、
必要としている側に
サービスを
「与える」ことによって
結果として
報酬を受け取ります。
サービスを提供する側が
放っているのは、
「与えよう」とするエネルギーです。
それとは相対的に
報酬(金銭)を
「得る」「もらう」目的で
サービスを
必要とする顧客側に
放っているのは、
「もらおう」とするエネルギーです。
つい先日、
「お金を得る目的で働かない」という
タイトルの記事を
更新しました。
自身の必要を満たす目的のために
「他者」から
「得る」「もらう」では、
サービスを
必要とする顧客側に
適切に
エネルギーを
与えられません。
あまりに
「得よう」「もらおう」という
エネルギーが強いと
顧客側は、
まるで
搾取されているような
感覚を
覚えるかもしれません…。
自身のニーズのために
搾取するために
他者を「利用」します。
ハイヤーセルフは、
この「利用」を
「理容」に置き換えて、
床屋で散髪している男性の
映像イメージを見せて
伝えてきます…w
いつもこんな調子で
比喩で
伝えてきます。
単刀直入に
わりとドギツい内容を
ストレートに伝えてきますが、
いつも
おやじギャグを絡めてくるので
つい思わず、
笑ってしまいます。
ハイヤーセルフは
ダジャレ好き…?笑
内面の
「ない」「不足している」という
欠乏感の認識によって
たとえ
好きではない
嫌悪するような他者であっても
他者が持っているものを
必要とするならば、
その他者を利用したり
搾取します。
内容はどうであれ、
与える側が
どんなエネルギーを放っているのか…??
与える側の動機が
何なのか…?
…が、
エネルギーに現れ
現象化します。
「収入」や「報酬」以外にも
「愛」「エネルギー」「物質」
「情報」「評価」「承認」「智慧」など
充足している他者から
どれほど多く
それらを
得たとしても
自ら導き出したものではなく
外側から得たものは
何であれ必ず、
満たされるのは
ほんの一瞬で
時間の経過とともに
飢えや渇きに変わり
「足りないから、
また今日も
もらわなければ…!」
…という
一定のサイクルを生み出します。
他者から
「もらう」「得る」
…という行為は、
根底の意識が
「ない」「不足している」という
欠乏感によって
無意識のうちに
外側の他者から
「もらう」「得る」ような言動になり、
「もらう」ことで
自身を満たして
成り立たせている状態です。
すべての言動は
無意識(潜在意識)が
元となっていて
本人はまったくの
無自覚です。
以前に
ワンコを連れて
初めて訪れたドッグカフェで、
オーナー店主の男性が
やたらと
身の上話をしてきて
その店は
店内のレイアウトや
雰囲気的にも
客側が
単独でくつろげる空間が
無かったので、
オーナ店主が
客席に
入り込んできて
上手く逃げたり
交わすことが
なかなか難しくて
くつろげずに大変でした…汗
周囲を
観察してみると
どうやら
店内にいた他の
馴染みのお客さんたちは、
皆、オーナー店主と
和気あいあいと
お喋りするのが
この店の
暗黙のルールに
なっているかのようです…。
もしかすると
お客様側も
話し相手を「得る」ために
この店に
訪れているのかもしれません。
オーナー店主は、
日常的に
お客様たちから
金銭以外に
エネルギーまで
得ていることに
何の疑問も
感じていないみたい…。
カフェ代以外にも
入場料?という名目の
ナゾの請求もあって、
オーナー店主の
身の上話や
売上や運転資金の
悩みを聞いて
会話の端々に
次の来店を促されて
お金を支払い
エネルギーまで搾取されて、
帰り道は
エネルギーが枯渇して
フラッフラになりながら、
「もう二度と行くもんか!!」
…と、
固く決意しながら
帰宅した
経験があります…笑
わざわざ、
エネルギーや金銭を
上納しになんて
いきませんよ??
なんで
こちらが
そこまでしなければ
いけないのか…??怒
私としては、
ワンコとカフェで
まったりお茶しながら
くつろげれば
ただそれだけでよかった…。
話し相手を
求めてもいないし。
初めて利用した
お店だったので
他者から
「もらおう」とするお店とは
わからなかったですね…汗
内面の
「ない」「足りない」といった
欠乏感によって
外側からもらって
自分を
満たそうとする者が
めちゃくちゃ多くて
一時期は
すごく大変でした…。
まるで
ダイソン級の吸引力で
エネルギーを
吸い込まれるような感覚を
感じる状況が
頻繁にありました…汗
現在は、
他者との関わりが
無くなったので
心底
安らげています。
(学びを完了させるとそれ以降はもう
搾取する者を引き寄せなくなります。)
ここまで
記事を作成して
のんびり
くつろいでいたら、
ドッグカフェの
オーナ店主に対しての
気づきが
ハートから
湧き上がってきました!
(だから、
あのオーナ店主の事を
ふいに思い出して
記事にしたのか…!?
やっぱ、
ハイヤーセルフ
ブログ読んでるやん…汗
まぁ、私だし…。
そーだよねw)
「オーナ店主は、
売上や運転資金の
資金繰りについて
つねに
悩んでいて
良い知恵も全然
浮かばないし
「もらう」ような
形だったが、
悪気があって
そうしているのではなく
結果的には
あのような形だけど
彼なりに精一杯、
良かれと思い
サービスしようとしていた…。」
…と、
こんなに
過酷な世界を
奮闘しながらも
懸命に
生きている彼を
思い出して
涙が出そうになる…。
えぇーっ…?!
ナニコレ。
なんか
私じゃないみたいやん…w
そう感じている間も
ハートチャクラが
高いエネルギーに
キュンキュン反応して
めちゃ痛い…。
これまでは、
「なんでこちらから出向いてまで、
料金支払って、
さらにエネルギーまで
吸い取られなあかんの…?怒」
…と
怒り心頭だったが、
「そう在るしか
手段や術を持っていない
他者は大勢存在する
…ということ。
彼らはまだ
気づいていないだけで、
悪気があって
そうしているのではない。」
…という
より高い
愛の視点から捉える
深い慈悲を持つ
ハートの根源が
スラスラと自動的に
喋っている…w
この記事を作成しながら、
エネルギーバンパイヤは、
根底の
「ない」「不足している」という
認識によって
外側から
エネルギーをもらって
内側の欠乏感を
埋めようとしていたのか…汗
…と
今更ながら
気がついた。
あんなに
我が子達に無条件に
「与えられない」
うちの毒母さえも
ハートの根源は
「みな同じ」だという。
誰もが
「自分のできる範囲で
与えようとしている。」と。
あの毒母なんて
私ら子供たちからしてみれば、
どうみたって
「へ?
私ら生まれちゃっているのに
ご飯食べてはいけないの?
学校行ってはいけないの?
受け取れる量、
す、少ねっ…泣」
…としか
思えないけど…w
たしかに本人
悪びれている様子が
全然、
見受けられないから
まったくもって
自覚できていない様子…汗
与える「エネルギー量」は、
相対的な差だったのか…!?
根底の
欠乏感が癒やされるまでは、
他者から、
もらいながら生きるしか
術がない
ということか…。
それぞれの個の
「与えるのか」or「もらうのか」の
在り方の
違いであって
そう在りながらも
手探りしながら
懸命に
生きようとしている。
なるほど…。
言われてみれば
オーナ店主も、
彼なりの方法で
懸命に
お客様を
楽しませようと
していたのかもしれない…。
こちらの
望んでいる接客ではなかった…。
というだけで。
私は、
どちらかというと
他者を
求めておらず、
放っておいて欲しい
タイプだしね…汗
愛の視点で捉えると
認識が変わって
世界も変化する。
認識が変わると
嫌悪するような他者は、
たったの1人も
存在しなくなる。