初めまして、ゴロ猫でございます。
これは私が感じた実体験・感想・意見です。あくまで個人の意見ですのでこういう意見も考え方もあるんだな程度にご覧ください。
さて、本題です。
「頑張れ」には力強い応援の意味が込められています。
皆さんは、どんなときに「頑張れ!」や「頑張って!」と言われたいですか?
私はあまり言われたくないなとは思いますが、仕事で挫けそうになったときなら言われたいなと思います。
では、「頑張れ」を暴力だと感じた実体験をここに書きます。
私が中学の頃、軽いいじめのようなものにあっていました。
借りたマイネームを返すと捨てようかなとか。
給食当番のとき、重い物を持たされたり。
しまいには、班での食事の時、あからさまに目の前で悪口を言ってきたり。
ひどいいじめにはあっていないのですが、精神的に疲弊しきっていたとき、
休まずに学校に行っていたものの、もう頑張れないななんて考えて。
母に相談したら、「もう少し頑張りな」と言われました。
少し残念でしたが、社会的にも経済的にも、ただ学校に行くしかない状態でした。
このように、心が疲弊しきってたときに言われる「頑張れ」は暴力でしかなく、「もう頑張れないんだけど」とさらに追い詰められる言葉なんだと感じました。
最終的には、誰にも頼らず、誰にも言わず、ただ一人で泣くのみの選択肢でした。
それを繰り返すたび、なんで泣いてるんだろうと考えるようになり、泣くのがばかばかしくなり、まあ、言わせておけばいっか。と開き直るようになり、誰がなんと言おうと、学校を卒業しようとただひたすらに「また言ってる。」「なんだか子供だな」と思い、日々を過ごしました。
無論、卒業式は泣くこともなく、清々しく卒業しました。
いじめの理由はきっとブス・貧乏だったからかなと思います。
今では笑い話であり、この出来事があるからこそ、今の私が居るんだなと思います。
さあ、本題に戻りますが、私が伝えたいのは「頑張れ」の使いどころを間違えないでほしいということです。
試合や仕事前、ミーティング前などは積極的に使ってくださいな!
ですがどうか、追い詰められている、追い詰めている人に「頑張れ」は使って欲しくない。
そのような人にかけるのは「頑張ったね」「お疲れ様」であってほしい。
なぜなら、私がその言葉で救われたから。
辛くて苦しいとき、ある動画を見ました。そこには、「よく頑張ったね」「もう頑張らなくていいよ」「生きてるだけですごいよ」といった言葉を貰いました。そのとき、涙が零れ落ち、止まらなくなったのを今でも覚えています。
それから、人には「頑張れ」より、「頑張ったね」を使うようになりました。
私が言ったなかで、誰が救われたとかは分かりませんが、追い詰められ・追い詰めてしまっていた心が救われたらいいなと思います。
でも、「頑張ったね」とか言われても頑張りよう見てないからわかんないでしょと、こう言ってくる人も居るかもしれません。
そんなとき私ならこう答えます。「はい、分かりません。ですが、頑張ったからこそ追い詰められ・追い詰めているのでしょう。」と。
「もう頑張らなくていいよ」と「泣いていいんだよ」と。言いたい。
これは、私自身、辛い状況のときに言って欲しかった言葉です。
このように、言葉には力が宿ります。
良くも悪くも人と関わりがあります。
一言で大きく変わります。
どうか、相手の立場になって言葉を伝えてほしいなと思います。
文章が滅茶苦茶ではありますが、ここまで読んでいただきありがとうございました。
言葉について少しでも考えられる時間となりましたら幸いでございます。
また、機会がありましたら、私の考えを述べる場としてブログに書かせていただきます。
※あくまでも、私個人の意見ですので、批判はご遠慮ください。