みなさまこんにちは、白木蓮と申します。
普段生活をしていれば、他人からの評価や人からどう見られているか、多少なりとも気になりますよね?
・美しく見られたい
・いい人だと思われたい
・仕事が出来る人間だと思われたい
まさにその名誉欲は数え上げてもキリがありません。
だからこそファッションやお化粧を頑張りますし、いい人に見られたくて他人に優しくしてみたりもする。出世するためには、上司に評価されないといけませんものね。
でも、他人の目を気にするあまり、過剰に「いい人」を演じてしまったり、いやなことにNOといえなかったりと、ときどき窮屈な思いをしてはいませんか?
室町時代の禅僧、かの有名な一休さんはこのように歌いました。
「今日ほめて、明日悪く言う人の口、泣くも笑うもウソの世の中」
これは、「今日まで褒めていたとしても、明日都合が悪くなれば、途端に態度を変えて悪口を言いだすのが人間なのだ。よって、褒められて舞い上がるのも、けなされて落ち込むのも、全くもって意味のないことなんだよ」という意味です。
誰かが「いい人」だとか「悪い人」だと評価するのは、結局はその人の都合でしかありません。例えば、まだ幼い我が子が「ママ、ママ」と甘えてくるときは「いい子」、成長して口答えするようになった途端に可愛げがない「悪い子」の評価がくだされます。
それは「口答えをされる」という親にとっての都合の悪さから「悪い子」の烙印を押されているだけあって、その子の長所も短所も吟味した上でくだされた「評価」ではありませんよね。
そして反抗期を過ぎ、有名大学に入ろうものなら、親にとって都合の「悪い子」は、途端に「いい子」に早変わり。「自慢の子」として、鼻高々で近所に自慢するかもしれません。。
他にも、どこの職場にでも存在する「お局様」・・・。うまく仲間に取り入れば心強い味方となりますが、敵に回ればかなり厄介な存在でしょうね。
このように、他人からの評価なんて、その人の都合でコロコロと変わるもの。
ですので、他人からの評価に一喜一憂するのは全く意味がないことなんですね。
豚は褒められても豚。ライオンはそしられてもライオン。
たとえ誰にそしられようとも、それは評価を下す人の色眼鏡を通した景色の中の「貴方」であり、「本当の貴方」ではありません。
他人の評価=貴方の価値ではないのです。
自分の価値を決めるのは、自分自身です。
他人の目や評価が気になったら、ぜひ思い出してくださいね。