「生みの苦しみ」という言葉を、
私は長い間文字通りに解釈していました。
何か作品を作るという行為は苦しいものであり、
その苦しみを乗り越えた先に作品が生まれるのだ、
というようなイメージです。
しかし最近、自分の経験を振り返ってみて、
この解釈は少し違うのではないかと思うようになりました。
違うというか、違う解釈があるのではないかと思った。
私は昔、一度だけ作曲をしたことがあります。
音楽の専門教育を受けていたわけではありませんし、
作曲家を目指していたわけでもありません♪
ただ、ある時期にどうしても曲を作りたくなって、
結果として一曲完成させたことがありました。
その時のことを思い出すと、
とても不思議な感覚があります。
というのも、その曲を作っていた時期は、
仕事のことでかなり悩んでいた時期だったからです。
若かったこともあって、
仕事のこと、人間関係のこと、将来のこと、
いろいろな不安が重なっていて、
精神的には決して安定している状態ではありませんでした。
生みの苦しみ=「人生そのもの」の苦しさ
ここで私が今になって思うのは、
「生みの苦しみ」という言葉の本当の意味は、
作品の元になる素材生成の過程の苦しさではないのではないか、
ということです。
作品の材料というのは、日々の人生の中で感じている
悩みや不安や葛藤そのものなのではないかという気がしています。
ところが、ある日突然、曲の断片のようなものが
頭の中に浮かび始めました。
メロディーが浮かび、そこにコードが付き、
気がついたら一曲の形になっていく。
忙しい時期だったにもかかわらず、
私は寝る時間を削ってまでその曲を作り続けていました。
今振り返ると、あの時に感じていた衝動は
「作曲の苦しみ」ではなかった。
むしろ逆で、日常の中で感じていた苦しさやモヤモヤが、
音楽という形を借りて外に出ていったという感覚に近かったのです。
それはデトックスのような気持ちよさも伴っていた。
苦しみではなく、心地よい没頭だった。
つまりこの場合の「苦しみ」というのは、
寝る時間を削るしんどさでも、
メロディーを考える苦しさではありません。
仕事で感じていた焦りや、将来への不安、人間関係のストレスといった、
日々の生活の中で積み重なっていた感情のことだったのだと思います。
つまり、芸術作品というものは
「苦しみながら生み出すもの」というより、
「すでに存在している感情の出口」として
現れるものなのではないかという気がしています。
ここで言う苦しみというのも、
制作の工程で発生する苦しみではなく、
人生そのものの中で感じている葛藤や違和感、心の摩擦のことです。
日常を生きる中で感じたものが溜まり、
それが外に出た結果、それは作品たり得た。みたいな順序。
特に、繊細な人というのは、
日常生活の中で多くの刺激を受け取ります。
人の言葉や表情、空気の変化、違和感、小さな出来事、
そういったものを非常に細かく感じ取ってしまう傾向があります。
その結果、心の中には多くの感情が蓄積されていきます。
それらは必ずしもポジティブなものばかりではなく、
不安や怒りや悲しみといった感情も当然含まれます。
この時点ですでに、人によっては十分に苦しい状態です。
つまり「生みの苦しみ」という言葉の中の苦しみは、
キャンバスの前で悩んでいる苦しみというより、
日常生活の中で感じ取ってしまう
これらの感情そのものを指しているのではないかと
私は思うようになりました。
もしそれらを何もせずに抱え込んでしまうと、
ただ消耗するだけになってしまいます。
しかし、それらの感情を何らかの形で外に出すことができれば前に進めます。
言葉として表現する人もいれば、音楽として表現する人もいます。
絵や演技や映像といった形で表現する人もいます。
方法は人それぞれですが、
いずれにしても共通しているのは、
内側にあったものが(私を介して)外側に形として現れるという点です。
もう少し手前から説明すると、
外部の刺激をINPUTした結果、内側に生まれし何かしらを
脚色することなく外に出すという一連のこと。
つまりこのプロセスにおいて苦しいのは
(しつこくて恐縮ですけど、)作品制作の作業ではなく、
日々の生活の中で感じている感情の量そのものなのだと思います。
繊細な人ほど、日常生活の中で受け取る情報量が多く、
その結果として感情もアホみたいに溜まってしまうのです。
私が最近ブログを書いたり、
それを音声で読み上げて動画にしているのも、
まさにこのプロセスなのだと思います。
日常生活の中で感じた違和感や苦しさをそのまま言語化していくと、
不思議と頭の中が整理されていきます。
そして、書き終えた後には、
最初に感じていた感情とは少し違う視点が生まれていることに気づくのです。
ここでの苦しさも、文章を書くこと自体の苦しさではありません。
むしろ、日常の中で感じている不安や怒りや混乱といった
感情が多すぎるため、それを外に出さなければ壊れてしまうほどの、
という意味での苦しさです。
そう考えると、「生みの苦しみ」という言葉は
少し誤解を招く表現なのかもしれません。
作品を作ること自体が苦しいのではなく、
日常の中で感じているものが多すぎるために、
それを外に出す作業が必要になる。
その結果として作品が生まれるのだと考えた方が、
私の感覚には近い気がします。
ここでいう「感じているもの」というのも、
単なる思考ではなく、日常の中で積み重なった悩みや違和感、怒り、悲しみといった感情のことです。
つまり「生みの苦しみ」の正体は、
制作の場にあるのではなく、
人生の中にすでに存在しているのだと思います。
繊細な人は、よく「考えすぎる」「感じすぎる」と言われます。
確かにそれは事実なのですが、それは同時に
多くの素材を持っているということでもあります。
そして、その素材をうまく外に出す方法を見つけることができれば、
それは単なる苦しみではなく、表現の源にもなり得るのだと思います。
少なくとも今の私にとって、表現という行為は特別な芸術活動というよりも、日常を生きていくための一つの手段になりつつあります。
心の中にあるものを言葉にして外に出すことで、
ようやく次の一歩を踏み出せるような感覚があるからです。
そしてその心の中にあるものの多くは、
決して華やかな感情ではなく、
日常の中で感じている不安や葛藤や違和感のようなものです。
だからこそ私は、「生みの苦しみ」という言葉の苦しみは、
作品制作の過程ではなく、
人生そのものの中にある苦しみなのではないかと今は考えています。
その意味では、繊細であることは必ずしも欠点ではなく、
むしろ表現の源になる特性なのかもしれないと、
最近は少しだけ思えるようになってきました。
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