【年長者の地雷発言に喝!】 「先生なんて可哀想」に感じた違和感、全部言語化してみた

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コラム
昨日、久しぶりに飲みに行った席で、
思わぬ“洗礼”を受けた😅

隣にいたのは、70歳を超えているらしい男性お二人。
ちょっとした流れで話すことになって、
私が会社員(予備校で進路指導)だと伝えたら、
こんなひとことが飛び出したんですよ。

「先生なんて、可哀想だねぇ。」

……えっと、なんですって?👂

こっちは、やっと自分に合った働き方を見つけて、
やりがいや誇りすら感じながら
毎日を充実させているんですけれども・・・。
自ら望んで続けているこの仕事に、「可哀想」って、何?

当然ながら、嬉しい気持ちにはなりませんでした。
でもって、わりと強めに不快でした。

もちろん、「先生は大変な仕事だよね」「尊敬する」
みたいな意味だった可能性もある。
100歩譲って、だったとしても、
そこの“敬意”を伝える語彙が「可哀想」って……。
言葉選び、雑すぎませんかね。
あと、その上から目線は何なのでしょうか。

たぶん彼らにとっては、
「会社を作って、人を動かして、金を回してナンボ」
みたいな昭和マインドが全盛期だったんだろうと思います。
で、そこから外れた働き方や価値観を持つ人を見ると、
「それは成功じゃない」「かわいそう」「理解できない」と感じてしまう。
のでしょうかね(しらんけど)

…しかし、それ、完全に自分の世界観に他人を当てはめようとしてるだけじゃんか。

70年も生きてきたのなら、もう少し他人の人生に敬意を持つ柔軟さ、

身についていてほしいところであります。


私からすれば、70を超えてなお、そんなふうに
「マウント混じりの謎アドバイス」「理解力ゼロの評価」
なんてことをやってのけれるメンタルのほうが、
よっぽど「かわいそう」なのであります。

若い人の選択を雑に扱ったり、軽々しく否定したり、
勝手な希望や心配を押し付けたり。
それって、優しさでも人生の知恵でもなく、
ただの“老害的おせっかい”なんだよなあ。

誰しも年齢を重ねれば偉くなれるわけじゃない。

経験が長い=思慮深い、ではないということですね。

私は、自分のスタイルで自分の人生を歩んでいます。
「会社員」であろうと「先生」であろうと、
「自分らしく生きてる」ことに、誇りを持っているのです。

「可哀想」なんていう、その雑な一言で、
誰かの努力や喜びに水を差すのは、やめてくれませんかね?

その相手が、もし他人の言葉に傷つきやすい“繊細さん”だったなら、
その一撃でどれだけモヤモヤを抱えることになるか、
想像してみてほしいのですよ。
できないと思うけど。

🌱🌱🌱

というわけで。
年上だから偉いとか、社長だから立派とか、
そんな物差しに振り回されて
自己肯定感を削られがちなHSPさんたちに伝えたい。

あなたは、誰の価値観にも沿わなくていいし、
自分が「これが自分の人生だ」と思えるなら、
それがすでに正解なのだ!

誰にもジャッジされない自分軸、見つけていきましょう✨
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